録音された誘拐



評価:★★★★☆

 探偵事務所の所長・大野糺が誘拐された。その背後には15年前に大野家が巻き込まれた事件があった。助手の山口美々香は犯人が残した音の手がかりから真相に迫ろうとするが・・・
 常人を越えた耳の良さを持つ助手と、推理力に秀でた探偵のコンビが誘拐犯に挑む。

* * * * * * * * * *

 探偵事務所の所長・大野糺(おおの・ただす)が誘拐された。誘拐犯は「犯罪請負人」を自称するカミムラという男。「ある人物」から依頼されて糺を誘拐したという。

 行方不明になった所長を探すために大野家を訪れた助手の山口美々香(やまぐち・みみか)は、そこに居合わせた警察とともに大野家に留まることになる。

 美々香の特技は常人を越える耳の良さ。日常の生活音や普通なら聞こえないような小さな音などに潜むささいな異常を聞き取り、その背景を言い当てる。

 彼女の上司である大野は高い推理能力を持ち、美々香が突き止めた手がかりから、真相にいたる推論を組み立てていく。
 犯人からの電話や大野の誘拐現場で偶然録音された音などから、美々香は様々な情報を引き出していく。大野もまた、美々香が聞いてくれることを期待してカミムラと対峙していく。

 物語が進むにつれて、事件の背後には15年前に大野家が巻き込まれた「もう一つの誘拐事件」があることが明らかになっていく。さらには大野家を嗅ぎ回っていたフリーライターが殺されるという事態に。


 引き離された糺と美々香だったが、二人はそれぞれの立場から音を通じて推理を進め、事件の真相を解き明かそうとする。そして、事件の背後にいてカミムラへ誘拐を依頼した「黒幕」の正体を突き止めようとする・・・


 主役の二人は、短編『盗聴された殺人』で初登場した。作者はこれ一作で「この二人の設定を使い切る」つもりだったと言うが、今回長編での再登場となった。誘拐や殺人というミステリ要素以外にも、いろいろな二人の設定が明らかになる。

 たとえば大野家の内実。糺は長男なのだが、実家に居着かず探偵事務所に寝泊まりしている。その理由は、彼の家族構成にある。厳格な母親、婿養子で海外出張ばかりしている父親、家業を継がずにFXで身を立てる叔父などいろいろ「問題を抱えて」いそうな人ばかり。加えて妹が連れてきた恋人はなんだか胡散臭い(笑)。実家にあまり近づきたくない気持ちも分かる。

 美々香は静岡出身でそちらに両親がいるのだが、誘拐事件の最中に父親が病で倒れたとの連絡が入る。動けない美々香の代わりに同僚の望田(もちだ)が現地へ向かうのだが、そこで図らずも美々香の聴力が常人離れしている秘密を知ることになる。

 糺と美々香は、お互いの能力を認めあって敬意を抱いているのは間違いないし、強い信頼関係で結ばれてもいる様子も描かれているが、それが恋愛関係にまで至っているのかはちょっと分からない。作者もあえて明示していないのかも知れない。

 昭和の時代にはしばしば誘拐事件も起こったし、誘拐を扱ったミステリも多かった。しかし平成以降、誘拐は格段に難しくなった。防犯カメラやNシステム(通過した車のナンバーを記録する)も広く普及した。身代金の受け渡しには必ず犯人が姿を現さなければならないという難点もある。実際、戦後の誘拐事件で金をせしめて、なおかつ逃げおおせた例は皆無だという。

 要するに金儲けとしてはリスクが大きすぎる。犯罪の主流がネットを介した「トクリュウ」に移行したのもそれが理由だろう。
 そんな令和の時代に現れた本作は、誘拐ミステリを現代的にアップデートした作品と云える。

 事件は後半になると局面が二転三転する。本書の文庫裏表紙の惹句には「どんでん返しに次ぐどんでん返し」とある。最近やたら「どんでん返し」という言葉を安易に宣伝文句に使宇作品が多すぎるようにも思わないでもない。

 それに、そもそも「どんでん返し」というのは、作品の根底を覆すような大仕掛けに対して使う言葉で、一作につき一回こっきりのものではないのか?

 では本作はどうか。確かに後半は「意外な展開のつるべ打ち」である。とはいっても作品全体をひっくり返すほどではないかな・・・と思ってたら、最後の最後でサプライズ。いやあ、これにはびっくり。まさに「どんでん返し」だろう。

 本書は糺&美々香シリーズ第二作にして初の長編だが、こんどこそ「二人の設定を使い切った」んじゃないかなぁ。ここまでやってしまうんだから。

 でも考えたら、この長編の後にも二人が活躍する短編が発表されているし(実はもう読んでる)、巻末の解説によるとさらなる続編も予定されているらしい。作者はまだまだこのコンビに可能性を見いだしているのだろう。

この記事へのコメント