不在の生存証明



評価:★★★★

 2036年、介助ロボットやアバターを脳から直接操作できる技術が実用化され、身体障害者の活動範囲が飛躍的に拡大していた。
 脊髄損傷した牧野もVR手術専門の外科医として復活する可能性が開かれる。彼は恩師の依頼により、記憶と視覚を失った少女・エリカへ視覚再建手術を行うことになった。
 手術は成功するが、それ以降、彼女の視野には正体不明の黒い影が現れるようになり、さらに恩師が謎の転落死を遂げてしまう・・・

 第12回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。『そして、よみがえる世界』を改題の上、文庫化。

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 2036年、医療テックSME社が開発したBMI(Brain Machine Interface)は、身体障害者の活動範囲が飛躍的に拡大させた。介助ロボットを脳から直接制御することが可能になり、アバター(仮想世界での自分の体)を使えば自宅にいながら外の世界を闊歩できる。場合によっては仕事も行える。

 主人公・牧野大(まきの・ひろし)は脳神経外科の天才手術医として名を馳せていた。しかし5年前の事故で脊髄を損傷、首から下の四肢が不随という障害を負ってしまう。

 しかしVR技術の進歩と、手術のロボット化が進展したことで、牧野に社会復帰の可能性が開かれる。すなわち手術ロボットをBMIを通して操作することで、患者を治療することができるようになったのだ。

 物語の序盤は、VR技術が浸透した世界の様子が綴られていく。現実世界の上に重ねられたVバース(仮想空間)にログインすれば、リアルの人間とアバターを共存させることができ、相互のコミュニケーションをとることが可能になる。
 このあたりは世界設定の説明が多くて、やや難解だったりちょっと鬱陶しいと思わなくもないのだが、仮想空間内で牧野がバトルゲームに没頭するシーンなど、読者の興味を惹きつつ、世界に馴染めるような工夫が為されていて、作品を読み進める上で必要な知識を読者に与えるようになっている。

 そんな牧野に、かつての恩師で現在はSME社の役員となっている森園春哉(もりぞの・はるや)から連絡が入る。記憶と視覚を失った16歳の少女・エリカへの視覚再建手術の依頼だった。

 手術は成功するが、再建された彼女の視野には、ときおり正体不明の黒い影が現れるようになる。さらに、森園がSMEのビルから謎の転落死を遂げる。解剖の結果、脳の病気で余命幾ばくも無かったことが明らかになり、警察は自殺と判断するのだが・・・


 SFとして始まり、中盤からはミステリとして展開していく。探偵役となる牧野による解決編は、事件の関係者を一堂に集めての謎解きとミステリの定跡をきっちり守る。


 しかし物語は二転三転、事件の詳細な背景も明らかになり、終盤にはかなり派手なアクションとサスペンスも盛り込まれ、それらが一つに収斂してクライマックスに至る。

 すべてが明らかになってみると、かなり悲惨な事情を含んでいるのだけど、同時にIT技術と医療の進歩による希望も見えてきて、読後感は悪くない。

 『不在の-』というタイトルもカッコいいけど、単行本版の『そして、よみがえる世界。』のほうが私は好きかなぁ。なにより分かりやすいし(笑)。

 第二作『鬼神の檻』も既に文庫として刊行されている。こちらは本書とは打って変わって大正時代から令和に至る長い時間を背景にした伝奇ミステリのようだ。こちらも手元にあるので、近々読む予定。

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