評価:★★★★
昭和36年、テレビプロデューサーの大杉は、駆け出しミステリ作家の風早をドラマの脚本に起用する。そして迎えた本番で、生放送中のスタジオ内で主演女優が刺殺される。スタジオ内の人間の動きを確認したが、犯行が可能な者がいない・・・
『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』に続く昭和ミステリ三部作、完結編。
* * * * * * * * * *
前作『たかが殺人じゃないか』で高校生だったコンビ、大杉日出夫(おおすぎ・ひでお)と風早勝利(かざはや・かつとし)が再登場し、引き続き主役を務める。
物語としては前二作とは独立しているし、ネタバレもないので本書から読み始めてもいいのだが、前二作のキャラも何人か重要な役回りで再登場しているし、登場しないまでも「あの人はいまどうしてる」的な話題も出てくるので、できれば前二作を読んでから本書に取りかかることをオススメする。
前作から12年が経った昭和36年、大杉はCHK(中央放送協会)のプロデューサーとなり、風早は駆け出しのミステリ作家となっている。
冒頭は生放送中のスタジオ内で死体が発見される場面で始まり、そこから時間軸を巻き戻して、そこに至るまでのストーリーが展開する。
大杉は新作ドラマの制作にあたり、風早を脚本家として起用した。本書の前半は、新作ドラマが放送されるまでの経緯が語られていく。スタッフを決め、配役を決め、大道具・小道具・美術・衣装などを準備・発注し、リハーサルがあり、本番になる。
映像作品というのは多種多様な役割の者たちによる共同作業なのだが、多くの人間が関われば対立や葛藤も避けられず、それがミステリの伏線にもなっていく。
当時のドラマは生放送が主体だった。ビデオテープが高価だったためらしいが、そのせいか当時の番組の映像ってほとんど残っていない。初期の大河ドラマだって初回と最終回しか残ってないとか聞いたことがある。当然ながら、大杉の新作ドラマも生放送ということになる。
さまざまな難題をクリアしてやっと迎えた本番の日、いよいよ生放送が始まるが、その中で主演女優である中里(なかざと)みはるの刺殺死体が発見される。
しかし、放送中はスタジオの扉が閉ざされて外部との行き来はできない。しかも、スタジオ内の人間の動線を確認したところ、殺害可能な人物は存在しないことが判明し、クローズト・サークル内での不可能殺人とも云える状況になっていた・・・
探偵役は前二作にも登場していた画家の那珂一兵(なか・いっぺい)。今回は大杉の新作ドラマの美術を担当する、CHKの契約職員として登場する。
不可能殺人という魅力的な謎はもちろん解明されるのだが、生放送中のスタジオという特殊な状況が大きく関係している。この時代、この場でしか起こらなかった事件と云える。そして前作もそうだったが、昭和36年という時代はまだまだ戦争の傷跡が生き残っている。それを事件の背景として活かしてくるのは、やはり作者・辻真先の世代(本書の初刊時に90歳)のこだわりなのだろう。
ちなみに本書の時代設定である昭和36年には作者は29歳で、NHKのディレクターを勤めていた。そこから脚本家を経て小説家へと転身したキャリアを考えると、大杉と風早は作者の分身と云えるだろう。作者の経歴のことは本書の巻末に詳しく述べられているので興味がある方は読んでいただきたい。
複数の時代にわたるシリーズ作品(第一作が昭和12年、第二作が昭和24年、本書が昭和36年)であるので、共通して登場するキャラたちもそれぞれの人生を生きている。本書にも第一作のキャラが再登場するが、24年経つと意外な変転をしていて驚く。大杉の結婚も嬉しいし、未だ独身の風早も、本書でいろいろ起こってくる。
そしてもう一つ、本書には実在した昭和の人物が多数登場するのだ。大宅壮一、雪村いづみ、江戸屋猫八、楠トシエ、坂本九、渥美清・・・冒頭の30ページほどをパラパラめくって出てくる名前だ(これは一部。実際はもっと出てくる)。
昭和中盤生まれの私でさえ、名前だけで顔が出てこない人も多い。全部分かるのは団塊の世代以上の年齢の方々だけだろう。名前だけしか出てこない人がほとんどだが、何人かは台詞つきで登場する。それがいかにもその人らしい。たぶん作者は彼らを実際に現場で見ていたのだろう。
本書で「昭和○○年」シリーズは完結らしいのだけど、昭和という時代はまだまだ続いた。個人的には「昭和48年編」「昭和60年編」を書いてほしいと思ってるんだけど、無理かなぁ?

この記事へのコメント