プリンシパル



評価:★★★★☆

 1945年、8月。女学校の教師を務める水嶽綾女は「父危篤」の報に急遽帰京する。父は関東最大級の暴力団・水嶽本家を率いていた。幹部たちは彼女に「組長代行」就任を求める。そこから綾女は修羅の道を歩み始めることに。
 関東の支配を巡って抗争を繰り返すヤクザたち、流通物資の利権を握るGHQ、権力闘争に明け暮れる大物議員たちを相手取り、目的のためならどんな犠牲も厭わぬ非情なダーク・ヒロインとなった綾女が、戦後の混乱期を駆け抜けていく。

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 関東最大級の暴力団・水嶽本家(みたけ・ほんけ)。その組長、水嶽玄太(げんた)の末娘として生まれたのが本書の主人公・綾女(あやめ)だ。

 外道の世界を生きるヤクザを嫌った綾女は、16歳の時に父に黙って東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学の前身)を受験、合格後は家を出て寮に入った。

 7年後、23歳となった綾女は女子高等師範の附属女学校の教師となっていたが、太平洋戦争の戦禍を避けて長野へ疎開していた。

 そして1945年8月。終戦と共に綾女のもとへ「父危篤」の報せが届く。帰京した綾女に対し、父の側近だった幹部たちは「組長代行」就任を求めてきた。

 綾女には三人の兄がいたが、長兄・麟太郎(りんたろう)と三兄・康三郎(こうざぶろう)は出征したまま復員しておらず、次兄・桂二郎(けいじろう)は精神を病んで療養していた。

 ヤクザを嫌って家を飛び出した綾女は当然ながら代行就任を断った。水嶽の家に泊まることも拒み、かつて乳母として世話をしてくれた一家のもとに身を寄せる。しかしその夜、対立するヤクザたちの襲撃を受けてしまう。

 綾女は乳母の機転で難を逃れたが、一家はみな殺されるか、あるいは廃人になるほどの障害を負わされてしまう。

 復讐を決意した綾女は水嶽本家の力を総動員し、徹底した報復戦を開始する。味方の損害も顧みず、完膚なきまでに敵を叩き潰す指揮ぶりで、本人の意思とは裏腹に組織の後継者としての力量を内外に見せつけることになった。

 物語はここから、綾女が戦後の混乱期を通じて水嶽本家の勢力を拡大していく様を描いていく。

 関東の支配を巡って他のヤクザ組織との抗争を繰り返しながら、流通物資の利権を握るGHQ(降伏後の日本を占領・支配した連合軍司令部)に接近し、権力闘争に明け暮れる大物議員に力を貸す代わりに様々な便宜を図ってもらう。
 水嶽本家は表向きには「水嶽商事株式会社」(綾女の役職は会長兼社長代行)を名乗り、裏で行うシノギ(非合法な経済活動)によって着実に勢力を伸ばしていく。

 そしてこれらが、戦後史の中で綴られていく。1950年の朝鮮戦争などの有名な史実を背景に、綾女たち水嶽本家が歴史の中を突き進んでいく。

 綾女たちの前にも、歴史上の人物が現れてくる。

 政治家として登場する旗山市太郎(はたやま・いちたろう)、その政敵となる吉野繁美(よしの・しげみ)は、それぞれ鳩山一郎と吉田茂のことだろう。天才少女歌手・美波(みなみ)ひかりのモデルは誰でも分かるはずだ。
 旗山・吉野それぞれの背後にはヤクザ組織がつき、ひかりもヤクザのバックアップを受けて芸能界で栄達していく。

 綾女率いる水嶽本家も、各地のヤクザ組織と合従連衡、あるときは共同戦線を張り、あるときは血みどろの死闘を繰り広げていく。

 そして、敵は他のヤクザだけではない。忠実であったはずの幹部が裏切ったり、身内が敵に回ったり。そんな数々の修羅場をくぐり抜け、綾女は関東の覇権を確立していく。

 綾女自身は決してヤクザのトップの座など望んではいない。復員してきた長兄・麟太郎に明け渡し、一刻も早く放り出してしまいたい。想いを寄せる男性も現れてくる。すべてのしがらみから解放されたい。

 しかし彼女の置かれた立場はそれを許さない。綾女が抱く希望も夢も愛も、血と硝煙の中にすべて消え去っていく。

 そして中盤から登場する ”ある人物” が、やがて綾女にとって ”最大最強の敵” となっていく。終盤に至り、綾女はその ”敵” に対して乾坤一擲の大勝負を挑むことになる。


 さながら長浦京版『ゴッドファーザー』の趣き。ヤクザとは異なる道を目指しつつも、結果的に闇の世界で頂点へのし上がっていってしまう綾女の姿は、ドン・コルレオーネの三男坊・マイケルに重なるものを思わせる。

 タイトルの「プリンシパル」とは「バレエ団のトップダンサーや映画の主役など、中心的な役割を担う人」を指す言葉。本書に於ける綾女は、まさに舞台の中央で最初から最後まで華麗な舞を見せ、踊り続ける主役だ。

 途轍もなく重く残酷な宿命を背負わされた女性の一代記を、文庫で約700ページという長丁場を余すところなく使って描ききった傑作だ。

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