評価:★★★★☆
父・今川義元は桶狭間に散った。嫡男・彦五郎氏真は家督を継ぐが、今川家は周辺の列強に押されて没落していく。そんな逆境を生きた氏真とその妻・由稀を描く表題作を含む八編を収録した歴史小説短編集。
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「蹴れ、彦五郎」
桶狭間に倒れた父・今川義元の後を継いだ嫡男・彦五郎氏真(ひこごろう・うじざね)。
妻は北条氏康の娘・由稀(ゆき)。幼い時から利発で武芸にも優れ、「男であったなら」と父に嘆かせた女性だった。しかし嫁いだ先の氏真は自ら「私には人の上に立つ器量はない」と公言する男で、蹴鞠の練習に明け暮れる日々。
水と油の二人だったが、やがて由稀は夫の ”ある才能” に気づき、本気で愛するようになっていく。このあたりのエピソードも面白いのだが、今川家が没落した後の話がまた興味深く感動的だ。クライマックスは、父の仇である織田信長の前で蹴鞠を披露する場面。氏真ならではの ”闘い” が描かれる。
本作は作者が初めて書いた小説だという。デビュー作にしてこのレベルの高さ。まさに「栴檀は双葉より芳し」だ。
大河ドラマ『どうする家康』でも氏真夫妻が登場し、仲睦まじさが描かれていたことを思い出した。氏真を演じたのは溝端淳平で妻役は志田未来だった。
「黄金」
本能寺の変で織田信長とその嫡男・信忠が倒れ、残されたのは嫡孫の三法師(さんぼうし)。彼は長じて秀信(ひでのぶ)と名を改めた。しかし天下の覇権は秀吉が握り、秀信は尾張で13万石を治める一大名という身分になっていた。
しかし秀吉が没し、徳川家康を討つべく石田三成が挙兵する。世に言う関ヶ原の戦いだ。秀信にとっては天下がどちらの手に落ちようがどうでもいいこと。そんな秀信が ”天下分け目の決戦” に際して選んだ道は・・・
「三人目の人形師」
明治24年(1891年)、新聞記者の仲西(なかにし)は、人形師・松本喜三郎(まつもと・きさぶろう)の取材に赴く。喜三郎は67歳。生きている人間にも見紛うばかりの細工が施された「生人形」(いきにんぎょう)製作に於いて希代の名人と謳われた男だ。
だが仲西に対し、喜三郎は「上には上がいるものです」と語り、その五日後に逝去してしまう。
生人形について取材を進める仲西は、人形師として喜三郎と双璧と言われた安本亀八(やすもと・かめはち)、さらに二人にとって人形師の先輩である秋山平十郎(あきやま・へいじゅうろう)に辿り着く。
物語は彼ら三人が人形師としての技量を競い合った若き日々から始まり、やがて命を削るような凄絶な生人形製作に取り憑かれていくさまが描かれていく。終盤はほとんど伝奇ホラーのような鬼気迫る展開だ。
興味がわいたら、ネットで検索して現物の写真をみていただきたい。幕末の頃にこんな精巧な人形が制作されていたことに驚かされると思う。
「瞬きの城」
応仁三年(1469年)、関東では諸勢力が割拠して争乱が絶えなかった。そのひとつ、扇谷上杉(おうぎがやつ・うえすぎ)家に家宰(かさい:筆頭重臣)として仕えた武将・太田道灌(おおた・どうかん)が主人公。
ある日鷹狩りに出た道灌はにわか雨に遭遇、民家に立ち寄って蓑(みの:雨具の一種)を借りようする。しかしそこにいた娘は哀しげな顔で山吹の花を差し出した・・・
「太田道灌と山吹の和歌」という、一部では有名な(少なくとも私の故郷ではそうだった)エピソードというか伝説から始まる物語。
娘の名は紅皿(べにざら)。道灌は彼女を妻に迎え、同時に和歌に詳しい家臣から教えを受けることに。やがて歌人としても名を成すという、文武両道を地で行った名将の生涯を描いていく。
「青鬼の涙」
幕末の世に井伊直弼と並び称された元老中・間部詮勝(まなべ・あきかつ)。維新の激動を生き延び、明治17年(1884年)に81歳を迎えた。ある日、思い立った間部は故郷の鯖江へと向かう。道中、自らの人生を振り返っていた間部は、城下町の菓子屋で一人の娘と出会い、驚愕する。若き日に愛した女と生き写しだったのだ・・・
「山茶花の人」
上杉謙信が亡くなり、その後の家督争いを景勝(かげかつ)が制してから4年。越後北部の国人(こくじん:地方を支配する武士)・新発田重家(しばた・しげいえ)が上杉家に叛旗を翻した。
景勝の配下・由良勝三郎(ゆら・かつさぶろう)は新発田攻めに加わったが、逆に捕らわれてしまう。重家に引きあわされた勝三郎は、噂と異なる彼の言動に戸惑うが・・・
「晴れのち月」
天文21年(1552年)。武田晴信(はるのぶ:のちの信玄)の嫡男・義信(よしのぶ)は、今川家の姫・月音(つきね)を妻に迎えた。夫15歳、妻は10歳。武田・北条・今川の三国同盟の一環だ。
義信は成長につれてその才気を示し、武田家の重臣で守り役でもある飯富虎昌(おぶ・とらまさ)を喜ばせる。しかしなぜか父・晴信は、嫡男の器量を認めようとしないのだった。やがてそれが、義信を悲劇へと誘っていく・・・
「狐の城」
北条家は早雲・氏綱・氏康の三代で関東に覇権を確立した。本作の主人公・北条氏規(ほうじょう・うじのり)は氏康の子だ。四代目・氏政(うじまさ)の末弟で、五代目にして現当主・氏直(うじなお)の叔父である。
天正17年(1589年)、天下統一を目指す豊臣秀吉と北条氏との友好関係が破綻、それまで豊臣家との外交折衝を担当していた氏規は北条氏の根拠地・小田原城へ帰着した。城内では主戦論が大勢であったが、氏規は勝ち目はないと見通していた。
攻め寄せる豊臣方に対し、氏規は小田原城を出て東海道の韮山(にらやま)城に入り、知謀の限りを尽くした戦いを繰り広げていく。すべては北条の家を残すために・・・
氏規の兄たちもみな素晴らしいキャラなのだが、その中にあって織田信雄(のぶかつ)がなかなかいい味を出している。
本書収録の8編のうち4編が、有名武将の子あるいは孫が主人公というのも本書の特徴だろう。たいてい二世三世はボンクラで、それで家を潰したと云われがちな彼らだが、作者の目は新しい視点から彼らを描き出す。
武将の子でなかったら、違う時代に生まれていたら・・・と云うのは簡単だが、歴史にタラレバはない。父や祖父の残した名声の重圧のもと、彼らなりに精一杯生きた日々が語られていく。
また政略結婚とは云え、実際には仲の良かった夫婦もあったと聞く。本書でも氏真・由稀、義信・月音の二組の夫婦が登場し、その睦まじさは特筆もの。この二組の夫婦が辿った運命は対照的だが、それぞれが大きな感動を与えてくれる。

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