ボクハ・ココニ・イマス



評価:★★☆

 傷害事件を起こした浅見克則は懲役一年の判決を受けるが、試行段階の「消失刑」を選択したことで刑期が短縮される。しかしそれは、周囲からは「見えない人間」となり、他者とのコミュニケーションを一切禁じられることを意味していた。社会から「消失」させられた浅見の運命は・・・

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 平凡なサラリーマンだった浅見克則(あさみ・かつのり)は傷害事件を起こし、懲役一年の判決を受けた。しかし、試行段階の「消失刑」の存在を知らされる。

 「消失刑」を選択すると刑期が短縮され、収監されることなく自宅で暮らすことができる。その代わり服役者は ”バニッシング・リング” という金属製の輪を首に嵌めることになる。

 リングは特殊な電波を発して周囲の人間の脳に作用し、装着した人間を認識できなくさせる。端的に言えば ”見えなくなる” ということ。

 さらに服役者の脳波を読み取り、他者とコミュニケーションを取ろうとするとそれを予知し、妨害する。リングが縮まって首を絞めるのだ。孫悟空(『ドラゴンボール』じゃなくて原典の『西遊記』の方ね)の《緊箍児》(きんこじ:頭にはまった輪っか)みたいだね・・・と云っても分からない人は検索してください(おいおい)。

 コミュニケーションには、発声はもちろん、電話をかけること、IT機器への入力、文字を書くこと、他者に接近(1m以内)すること、そして自宅周辺に設定される行動可能エリアから外へ出ること等が含まれる。

 そしてリングにはタイマーが内蔵され、刑期終了までの残り時間が表示されている。
 食料は管理センターに設置された供給機から受け取る。受刑者は一日一度、管理センターに出向いて三食分の食事パックを受け取らなければならない。


 序盤では、消失刑となった浅見の生活の様子が綴られる。他者とのコミュニケーションが禁じられ、文字通り「いない人」となったことへの戸惑いから始まる。誰とも話ができないこと、意思の疎通をしようとすることすら許されない生活は、やがて彼に落胆と絶望をもたらしていく。

 しかし人間は適応する生き物。自宅と管理センターを往復するだけの単調な生活にもいつしか慣れ、刑期の終了が迫ってくる。しかしそんな彼を ”予想外のトラブル” が襲う。

 そのトラブルの内容を明かすと、これから読もうという人の興を削ぐことになるので書かないが、それに加えて浅見の身にはもう一つ、”突拍子もない事態” が発生する。
 中盤から終盤にかけてはこの二つのイベントに浅見が翻弄される様が描かれていく。


 本書のキモとなる「消失刑」。SFの設定としては面白いのだが、作中の描写を読んでいると首をかしげるところもある。これも後半の内容に関わることなのだけど、やっぱり気になるので書いておこう。

 「消失刑」は試行段階なのだから、”予想外のトラブル” は起こりうるし、起こることを想定しておくべきだろう。

 例えば服役者は外を自由に歩けるのだが、リングの存在によって、交通事故に遭って道ばたに倒れていても誰も気づいてくれない(それ以前に、そもそも運転者には服役者が見えない)。病を発症して動けなくなっても助けを求められない。
 ならば管理センターがリングを介して服役者のバイタルをモニターしているのかな、とも思っていたが作中ではそのような描写はないし、管理センターの職員が何かの対応をとったこともない。

 こういう刑を科すなら、その間の受刑者の身の安全を図ること(少なくとも事故・病気等への対処)は司法の義務じゃないかとも思う。そこまでいかないとしても、せめて少なくとも月に一度くらいは管理センターで刑務官と面談して途中経過を把握するとかの必要があるのではないか? とも思うが、それすら行われない。

 ひょっとすると「消失刑」という刑罰自体に何らかの裏事情なり秘密なりがあるのかもと疑ったりしたが、そういうわけでもなさそう。
 つまり読者からすると(私だけかもしれないが)けっこう欠陥だらけの刑罰に見える(もっとも、だからこその試行段階なので、今後改善されるのかもしれないが)。

 まあSFの設定なのだからそんなに目くじら立てるのもどうかと思うが、設定が近未来ならそれなりのリアリティは担保してほしいところ。

 管理センターの職員の仕事ぶりが杜撰に見えて仕方ないのだけど、服役者(浅見)の行動が管理センター側に24時間100%筒抜けだったら、後半の物語が成立しないから仕方ないのかも知れないが。

 そして、浅見の身に起こるもう一つの ”突拍子もない事態”。これもSFとしては ”おなじみの展開” なのだが、なんとも唐突。加えて浅見の身に起こる必然性もない。なんらかの裏設定でもあるのかなとも思ったが、読者には説明されない。

 でも、「見えない人」になってしまった浅見を、無理矢理第三者に関わらせるには、これくらい思い切った、そして強引な展開が必要だったのだろう。

 そしてここから始まるストーリーは作者の得意分野。ラストシーンまで読むと「これが書きたかったんだろうなぁ」とも思ったけど。


 本書が書かれたのは2010年で、このとき作者は63歳。1971年のデビューから数えると約40年の大ベテランになってる。ここまでくると、「書きたいことを書きたいように書く」という境地になっていたのかもしれないなぁ、とも思ったりする。

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