評価:★★★★
土佐の漁師の次男として生まれた万次郎は、長じて鰹船に乗り込むが遭難してしまう。万次郎はアメリカの捕鯨船ピークオッド号に救助されるが、その船長エイハブは、”モービィ・ディック” と呼ばれる巨大な白いマッコウクジラへの復讐に異常な執念を燃やしていた・・・
ハーマン・メルヴィル描くところの『白鯨』の世界に迷い込んだジョン万次郎を描く奇想の小説。
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万次郎は ”ジョン万次郎” として知られる実在の人物。1827年に土佐(高知県)で生まれ、14歳で漁に出るが突然の悪天候で遭難、鳥島に漂着する。アメリカの捕鯨船に救助されてそのままアメリカへ渡り、そこで学問を積む。23歳で鎖国中の日本へ上陸、紆余曲折を経て帰国が許される。
その2年後にペリーが来航、対応を迫られた幕府から招聘されたことを切っ掛けに、日本の開国に関わっていくことになる。幕末における重要人物の一人だ。詳しくはwikiで調べてください(笑)。
『白鯨』はアメリカの作家ハーマン・メルヴィルの小説。捕鯨船ピークオッド号の船長エイハブが、かつて自分の足を食いちぎった白鯨モビィ・ディックへの復讐のため、執拗に追い続けるという話。何度も映画化されていて、私も子どもの頃TVで観た覚えがある。
巻末の「あとがき」によると、小説中に描かれたピークオッド号の出港時期と、万次郎の遭難時期がほぼ同じことから、この物語の発想が生まれたという。
万次郎は実在の人物だが、本書で描かれる彼はもちろんフィクション。
病弱な兄に代わって早くから漁にでるようになり、やがて鯨獲りに憧れていく。老いた銛打ち・半九郎(はんくろう)から手ほどきを受け、腕を上げていく。
物語の前半1/3は万次郎の幼少期から遭難するまでの話。
そして鰹漁に出たところ、悪天候で足摺岬沖で遭難、4人の仲間とともに漂流して鳥島に流れ着くが、万次郎のみがピークオッド号に救助される。
そして鰹漁に出たところ、悪天候で足摺岬沖で遭難、4人の仲間とともに漂流して鳥島に流れ着くが、万次郎のみがピークオッド号に救助される。
万次郎は半九郎仕込みの銛打ちの腕で水夫たちを驚かせ、ピークオッド号で働くことになる。ちなみに万次郎の銛打ちの技量は半端ではない。TVアニメ『未来少年コナン』(宮崎駿監督)の主人公コナンに匹敵する、と云っても知らない人の方が多そうだが(笑)。
ついでに云うと、万次郎は短期間で日常会話どころかけっこう深い内容まで意思疎通ができるまでに英語力が向上していく。これは物語上の要求もあるのだろうが、史実でも彼が語学のハンデがありながらアメリカの学校では首席になったと云うことだから、あながち荒唐無稽とも言い切れない。
ピークオッド号に乗り組んでからは、船長のエイハブをはじめ個性的な乗組員たちのエピソードが続いていく。
銛打ちのイシュメールが万次郎の教育係となるが、原典の『白鯨』では彼が主人公だ。それ以外にもいくつかの点で原典と変更されていると思しきところがあるのだが、いかんせん私は原典を読んでないのでそこがよく分からない(おいおい)。
これらは(おそらく)万次郎を主役兼視点人物として原典を再構成したことで生じたことだが、これによって『白鯨』の世界が読者にとってぐっと身近に感じられるようになっている。
文庫で上下巻、合わせて900ページ近い大長編。万次郎がピークオッド号に拾われてからでも600ページほどもある。
後半にいくにつれ、エイハブの狂気ともいえる執念は乗組員の心にも影響を与え、さながら伝染病のように広まっていく。万次郎もまた例外ではない。
白鯨とエイハブの決着は原典通りなのだが、本書ではその後が描かれる。もちろん万次郎は生き残るのだが、彼がフィクションの世界から現実の世界へと帰還していくくだり、史実とフィクションを整合させていく流れが上手で、すんなりと着地してみせる。
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