評価:★★★★
消滅寸前の限界集落を奇跡的に復活させた男・神楽零士が殺された。《パトリシア》と名乗る犯人は日本政府を相手に「すべての地方都市を放棄せよ」と通告する。受け入れない場合はドローンによる無差別テロを敢行する、と。
限界集落に移住した人気ブロガー・晴山陽菜子とエリート官僚・雨宮雫のコンビが事件に挑む。
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奥霜里(おくしもさと)。岡山県北部の急峻な山中にあり、一番近い町に出るまで山道を車で60分。消滅を待つばかりの限界集落に現れたのが神楽零士(かぐら・れいじ)。東大法学部から経産省官僚になり、退職して奥霜里へ移住してきた。
政府や自治体からの補助金には一切頼らずに自ら企業と交渉・提携してインフラ整備を始めた。ドローンによる生活物資の輸送、外界との交通には自動運転による無人バスを運行させ、さらにはSNSを使った巧みなブランディングによって奥霜里は活気を取り戻していく。この奇跡的な復活は、神楽をカリスマ的な人気者へと押し上げていった。
しかしネット上に現れた《パトリシア》(愛国者パトリオットと救世主メシアとの造語)と名乗る人物は、神楽の行動を全否定し、さらにこう告げる。
「地方に住むすべての人間を都市部へ移住させよ。政府は60日以内に過疎関連対策を撤廃し、その予算をすべて都市部へ投じると宣言せよ」
しかし政府がそんな要求をのむはずもない。そして61日目、神楽零士の死体が発見される。遺体は首を切断され、胴体は無人バスの車内に放置されていた。そして頭部はドローンの物資運搬コンテナの中から見つかった。
犯行宣言をした《パトリシア》は、要求が受け入れられない場合には、さらに30日後にドローンを使った無差別テロを行うと通告してきた。
主な視点人物となるのは、限界集落での生活をSNSで発信して人気ブロガーとなった晴山陽菜子(はれやま・ひなこ)。2年前に大手広告代理店を退職し、神楽の誘いに応じて奥霜里へ移住してきた。
しかしそこで起こった神楽零士の殺害事件。彼女は中学高校時代の同級生だった雨宮雫(あめみや・しずく)へ助けを求める。雨宮は内閣官房で「地方創生」を担当するエリート官僚だ。
多忙のため東京を離れられない雨宮はリモートで陽菜子と連絡を取り合いながら調査を進めていく。
犯行現場となった奥霜里は、他者の出入りが困難な一種のクローズト・サークル。犯人は住民の中にいると思われた。やがて有力な容疑者が浮上してくるが、その人物には鉄壁のアリバイがあった・・・
限界集落に最新IT技術を駆使したドローン・無人運転と、取り合わせがまず面白いが、それらがミステリを構成するパーツとしてきっちり機能しているのがスゴい。
メインとなるのはアリバイトリックなのだが、必要なデータはすべて読者に提示されている。解決編で ”種明かし” されてみれば、確かに「誰でも見破れる」のだが、実際に見破れた人はあまりいないだろう(私ももちろんダメだった)。
しかし物語はアリバイ崩しだけでは終わらない。解決したかと思われた後に、さらにもうひとひねり。これが上手い。
そして過去に遡り、犯行に至った動機までしっかり描き尽くされていく。
地方の人口が減少していく問題は、マスコミでもよく流れてくる。限界集落、インフラの老朽化、過疎故に天災からの復興がなかなか進まない・・・《パトリシア》の言い分にも一理あるとはいえ、全面的に納得できる人は少ないだろう。かといって有効な対案があるわけでもない。国を挙げて何十年も前から取り組んでいる(はず)なのに、一向に改善していないのだから。
私も思うところはあるけれど、それをこのブログに書くのは趣旨が違うので、ここまでにしておこう。
探偵役となる雨宮とワトソン役となる陽菜子の造形が面白い。中学高校と成績は常に雨宮が一番で陽菜子が二番と、彼女からすれば天敵みたいなキャラ。もちろんソリが合うはずもなく、学生時代の二人の角逐を描いたエピソードが楽しい。陽菜子が奥霜里へ移住してくるまでの経緯もなかなか面白いのだけど、人によっては笑えない事情かも知れない。
単発のミステリとしても面白いのだけど、このカップル(と書くと陽菜子さんが全力で否定しそうだが)の活躍する話をもっと読みたいなあと思った。短編連作かなんか書いてくれないかなぁ・・・
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