世田谷区成城。高級住宅地に停められた外車のトランクから女性の死体が発見される。遺体は胸をえぐられ、その血だまりには「ハートのクイーン」のカードが浮いていた。
事件の背後には、多くの女たちの唇を写しとった『百唇譜』と呼ばれる存在が・・・
事件の背後には、多くの女たちの唇を写しとった『百唇譜』と呼ばれる存在が・・・
* * * * * * * * * *
昭和35年6月。世田谷区成城。高級住宅地に停められた外車のトランクから、二十代後半とみられる女性の死体が発見される。遺体は胸をえぐられ、その血だまりには「ハートのクイーン」のカードが浮かんでいた。
被害者は貿易会社・江南産業を経営する李泰順の妻・朱実(あけみ)だった。外車の持ち主も李だったが、彼は商談のために神戸へ行っているという。
同日、同じ世田谷区に停められた別の国産車の中からは若い男の死体が発見される。凶器のナイフには、「ハートのジャック」のカードが刺さったままだった。
こちらの車は盗難車で、江南産業と同じビルに入っているサエキ商事の社長・佐伯孝のものだった。
そして若い男の身元が園部隆治、十七歳と判明したとたん、警察は色めき立つ。
昭和34年秋、人気歌手の都筑克彦が殺害された。
彼は生前に肉体関係をもった女たちの唇の形を薄紙に写し取ったものを多数所持していた。後に『百唇譜』(ひゃくしんぷ)と呼ばれるその綴りに記録されていた女は総数で36人。いずれもイニシャルのみで本名は不明だが、みな富裕階級の女性と思われた。
その都筑の死体を発見したのが園部だった。彼は当時、都筑とは男色関係にあった。捜査陣は、都筑の死後に『百唇譜』に記録された女たちのデータを園部が入手し、それを使って恐喝を始めたのではないかと推察する。ならば今回の殺人もそれに起因するものではないのか・・・
『百唇譜』はいかにも横溝作品らしいガジェットなのだが、これが物語の表層に登場するのはストーリーの半ばあたりと意外と遅い。
ミステリとしては、同じ日に二つの死体が二台の車で別々に発見されるという不可解な事態の謎解きがメインとなる。金田一の推理は、この状況が成立するまでに意外と多くの人間が関わり、その上で突発的な事態や偶然が重なっていたことを明らかにする。このあたり、ちょっと込み入っているので、じっくり読まないと理解できない人もいるかも(私がそうだった笑)。
そして殺人の背景には『百唇譜』に始まる愛欲のドラマがある。このあたりは横溝正史お得意の世界だろう。
この記事へのコメント