戦渦の神宝



評価:★★★

 昭和20年7月。考古学を専攻する大学生・外園武志は十種瑞宝の探索を命じられる。陸軍はその ”霊力” を用いて、敗色濃厚な戦況をひっくり返そうとしていたのだ。
 探索活動を通じて、武志は巫女見習いの弓月眞理依や正体不明の男・煙藤四郎と出会うのだが・・・

* * * * * * * * * *

 太平洋戦争末期の昭和20年7月末。考古学を専攻する大学生・外園武志(そとぞの・たけし)は帝国考古協会から呼び出され、十種瑞宝(とくさのみずのたから)の探索を命じられる。
 それは『先代旧事本紀』(せんだいくじほんぎ)という古文書に記された宝物で、これには死者を蘇らせるほどの ”霊力” があり、国家の隆盛をも操れるのだという。
 協会のバックには陸軍がいて、神宝の ”霊力” を用いて敗色濃厚な戦況をひっくり返そうとしていたのだ。

 期限は二週間。発見できない場合は直ちに徴兵され、最前線に送り込むぞと脅された武志は、同じく考古学を専攻する大学生4人と一緒に探索を開始する。
 その探索の中で、武志は巫女見習いの弓月眞理依(ゆづき・まりえ)と、正体不明の胡散臭い男・煙藤四郎(けむり・とうしろう)と出会う。

 眞理依の働く鵲森宮(かささぎもりのみや)神社には『神事本紀』(しんじほんぎ)なる古文書が伝わっていた。『生』『救』『滅』『蘇』の4巻からなるが、戦災で焼けたり盗難に遭ったりして、いま神社には『滅』しか残っていないという。

 その『滅』を読んだ武志は、そこに十種瑞宝のことが書かれていることに気づく。

 ということで『滅』の内容が一つの章を割いて綴られる。

 用明天皇元年、夷子(いす)なる者が物部守屋に捕らえられる。

 「神道とも仏法とも矛盾しない教え」なるものを広めようとしていると主張する夷子に対し、蘇我馬子は「朝廷を脅かす邪教を操る危険人物だ」と天皇に進言する。
 結果として夷子は処刑されてしまうが、その三日後、神宝を使って、死した夷子を甦らせようとする者が現れる・・・
 『神事本紀』なる文書は、夷子という宗教家の生涯を描いたものと思われた。『滅』の内容は、夷子の処刑と復活のくだり。

 読んでいるとすぐ分かるが、あまりにもキリストのそれと似通った内容に疑問を抱きつつも、神宝と思われるものの描写があることから、武志は全巻、特に最終巻『蘇』には神宝の行方が書いてあるのではないか?と考える。
 武志は表向きは考古協会の方針に従いながらも、裏では眞理依と藤四郎の助けを受けて『神事本紀』の写本や、内容を知っている者の探索を進めていくのだが・・・


 作者は「穂瑞沙羅華の課外活動」シリーズなどのハードSFで知られる人だ。その人が一転して歴史ミステリーに挑むと云うことでちょっと期待して読み始めたんだが・・・

 『神事本紀』が出てきてからは、「古代日本にユダヤ人が来ていた」とする、いわゆる「日ユ同祖論」を描いた ”トンデモ本” になってしまうかと思ったのだが、そこまで濃い本ではなかったのでひと一安(笑)。

 文庫の惹句には「歴史冒険ミステリー」ってある。古代の宝物を巡る冒険なのだから、てっきり「インディー・ジョーンズ」みたいなアクションものかと思ってたんだけど、フタを開けてみたら、主人公たちがあちこち発掘して回ったり古文書を探したりするのがメインのストーリーで、かなり地味(笑)。

 もちろん戦時下で特高や陸軍の影が見えるという不穏な世情ではあるのだが、派手なドンパチが起こるわけでもない。終盤になると、陸軍とは別の思惑をもって神宝を探す勢力もあることが分かってくるのだが、これにしてもストーリーにはほとんど絡んでこない。
 「瑞宝の霊力」なんて言葉が出てくるわりに、超自然的な伝奇要素もほぼないといえる。そのぶんリアリティはあるかと思うが、物語の進む方向は私の期待とは異なっている。

 まあ、私の勝手な思い込みとはかなり落差があったので、文句を垂れてるだけです。スイマセン。


 キャラについてもちょっと書いておくと、まず主人公の武志は文系男子で、性格は至って穏健。好感は持てるがもうちょっと個性が強くても良かったような。まあそんな彼が主役だから「インディー・ジョーンズ」にはならなかったとも言えるかな。

 眞理依さんは巫女の修行中なのだが、意外にも『幾何学原論』や『行列式入門』などの本を愛読する ”数学大好き少女” という設定。「論理的で面白いから」という理由をのたまうのだが、このあたりは作者お得意の理系女子だろう。

 藤四郎は過去の兵役で片目を負傷して除隊になったという触れ込みだが、どうにもそれだけではないらしい。最後にはそれなりに正体が明らかになるのだが・・・


 うーん、何だろう。『到達不能極』(斎藤詠一)ほどぶっ飛べとは云わないけど、もうちょっと思い切れば面白くなりそう。だけどそこまで踏み切れなかった作品、という印象を持ちました。

この記事へのコメント