評価:★★★
昭和38年。東京オリンピックの記録映画の監督を黒澤明が降板した。映画好きの若きヤクザ・人見稀郎は、その後任に中堅監督・錦田欽明をねじ込むことを命じられる。
しかしそれは他のヤクザ組織のみならず、政財界の大物をはじめオリンピックの利権に絡む様々な勢力を敵に回すことでもあった・・・
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暴力団・白壁(しらかべ)一家の構成員である若者・人見稀郎(ひとみ・きろう)は、映画好きという異色のヤクザだった。
東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年(1963年)。稀郎は親分の広岡(ひろおか)に呼び出される。オリンピック記録映画の監督に決まっていた黒澤明が降板したという。そこでその後任に錦田欽明(にしきだ・きんめい)をねじ込めという命令を受ける。
錦田はベテラン監督ではあるが、黒澤明の後釜が務まる器ではない。気が進まないまま工作を始める稀郎だが、錦田の熱意もあって、次第に本気モードになっていく。
広岡としては、興行界の利権に参入する足がかりとして考えているらしいが、そこには既に他のヤクザ組織が勢力を張っている。そこに割り込むことは、ヤクザ同士の抗争に発展しかねない。
さらに、記録映画監督の後任人事は五輪組織委員会の同意が必要だ。そこには政財界の大物が名を連ねているが、それはそのまま、オリンピックという巨額の資金が動くイベントに群がる様々な勢力の代表でもある。後任人事に手を突っ込むことは、オリンピック利権の奪い合いに巻き込まれると云うこと。
稀郎はかように困難かつ危険な道に踏み込むことになる。
買収、饗応、あるいは弱みを握って脅すなど硬軟織り交ぜた方法で、後任人事に影響を持つ人間を抱き込んでいこうとする稀郎。
一方、錦田が最近撮った映画がなかなかの佳品で評価も上々なことから、当初はほぼ絶望的と思われたミッションにも可能性が見え始めてくるのだが・・・
読んでいると、実在の人物が多数登場してくることに驚く。とはいってもなにぶん昭和の出来事なので、少なくとも40代以下の方には「誰?」という人ばかりかも知れない。
例えば、ロッキード事件で ”フィクサー” として有名になった児玉誉士夫(こだま・よしお)、後にTVドラマ『白い巨塔』(1978年)で名を残すことになる俳優・田宮二郎(たみや・じろう)などは聞いたことくらいはあるかも知れない。
それ以外にも政治家、映画会社の社長、大企業のトップ、労働組合の幹部、伝説のヤクザなど、さまざまな人物が実名で登場してたりする。
もちろん本書はフィクションなので、彼らの行動も創作なのだが、当時のことを考えるとこんなふう振る舞っていてもおかしくないと思わせる。
本書は文庫で290ページほどとコンパクトだが、密度の濃い物語が展開する。
もちろん本書はフィクションなので、彼らの行動も創作なのだが、当時のことを考えるとこんなふう振る舞っていてもおかしくないと思わせる。
本書は文庫で290ページほどとコンパクトだが、密度の濃い物語が展開する。
主人公の稀郎は頭の回転も速く、危機対処の能力も高いのだが、所詮は一介のヤクザにすぎない。それでも、政界財界そして闇の世界の魑魅魍魎を相手に丁々発止と渡り合ってみせるのだが・・・
黒澤明の後任に誰が収まったかは、ネットで調べればすぐに分かるのでここには書かない。私はたまたま覚えてたので、稀郎の目論見の成否については予め分かっていたのだが、それでも最後まで緊張感を以て読み通すことができた。”陰の昭和史” としてはなかなか面白い作品だと思う。
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