評価:★★★★☆
20年前の事件を描いた小説『神薙虚無最後の事件』。しかし解決にまで至らずに終わっており、「でっち上げ」との非難にさらされた作品だった。作者の娘は「この小説は事実を描いている」といい、真の解決を求めていた。
東雲大学《名探偵倶楽部》のメンバーはこの謎に挑むのだが、導き出されたのは娘にとって残酷な ”真相” だった。しかし・・・
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20年前、《大探偵時代》があった。《怪盗王》久遠寺写楽(くおんじ・しゃらく)が引き起こす不可能犯罪の数々。それに挑むは神薙虚無(かんなぎ・うろむ)をリーダーとする《名探偵たち》。彼らの繰り広げる頭脳戦は世の人々を熱狂させるものだった。
神薙の親友・御剣大(みつるぎ・まさる)は、すべての事件の場に立ち会い、《名探偵たち》の活躍を小説化して発表、ベストセラーとなる。その12冊目にして最後の作品が『神薙虚無最後の事件』だ。
《怪盗王》久遠寺写楽が《名探偵たち》を自らが住まう屋敷に招待するが、そこで密室殺人が起こって最終的に屋敷は炎上焼失、そして神薙が行方不明になってしまう。密室トリックも真犯人も明らかにならないまま事件は終結を迎えた。
この最終作の出版から半年後、捏造疑惑が持ち上がった。”神薙虚無” なる人間はそもそも実在せず、彼が解決した事件の数々はすべてでっち上げだった、と。人々の熱狂は一気に醒め、《名探偵たち》の活躍は急速に忘れ去られていった・・・
そして20年後の現代。東雲(しののめ)大学薬学部二年の瀬々良木白兎(せせらぎ・はくと)と同一年の来栖志希(くるす・しき)は、路上で倒れた女性を発見し介抱する。
彼女は文学部一年の御剣唯(ゆい)。御剣大の娘だった。彼女は白兎たちが所属する《名探偵倶楽部》に、《名探偵たち》の活躍は捏造ではないこと、『神薙虚無最後の事件』は現実に起こったことを描いていると訴え、未解決に終わった『事件』の真相解明を依頼してきた。
《名探偵倶楽部》のメンバーたちは、『神薙虚無最後の事件』を読んでそれぞれ真相を推理し、それを発表することになった・・・
東雲大学《名探偵倶楽部》とは、リーダーで理学部四年の金剛寺煌(こんごうじ・きら)が立ち上げたサークル。メンバーは工学部二年の雲雀耕助(ひばり・こうすけ)、そして白兎と志希の4人だ。
この金剛寺煌という人物の設定がぶっ飛んでいる。大企業である金剛寺グループ総帥の孫娘であり、10歳にしてアメリカの大学を卒業し、世界レベルのモデルとしても通用する美貌を持ち、フェンシングの世界チャンピオンでもある。つまり天才的な頭脳をもつ超絶美女で剣を持たせれば無敵という、ほとんど冗談のようなキャラ。今は趣味で大学生をしているというトンデモ系の変人でもある。
まあ、「名探偵」といえばシャーロック・ホームズの昔から変人がお約束だったことを考えれば、本作でも彼女が謎を解くのが当たり前だと思う。そんなキャラなのだ。
物語の前半では『神薙虚無最後の事件』の内容が示され、後半に入ると《名探偵倶楽部》のメンバー4人がそれぞれ自分の推理を述べていくという、いわゆる「多重解決もの」のパターンで進行していく。
煌による推理の発表は三番目。天才的な頭脳を持つがゆえに、彼女の示す真相は「完璧」と思わせるほど合理的なもの。
しかしその内容は、御剣唯の期待するものとはかけ離れていた。事件の真相ももちろんだが、唯自身の ”出生の秘密” にまで踏み込みもの。煌の示す ”真実” は、唯を絶望のどん底に突き落とすような悲惨なものだった。
しかし、最後に発表するメンバーは、そんな煌の推理をひっくり返してみせると宣言する・・・
一つの事件について、証拠も証言も警察の記録も含めて、推理の材料は全く同一ながら、二つの、しかも正反対の真相を導き出してみせる。
作者からするととんでもなく高いハードルになるのだが、それを見事に実現しているのはたいしたもの。
20年前の事件ゆえ、今になって新たな証拠や新たな証言を得ることはできない。だから事件を構成するピースには抜けた部分もあって、そこに探偵する側の想像が介入できる余地がある。
そういう遊びの部分を残してあるからこそ、正反対の結論に至る二通りの推理が可能になるのだろうが、そこまで計算して事件のパーツを用意し、さらに読者を納得させる二つのストーリーを構築してみせるのは、やはり作者の力量を示すものだろう。
もっと言うなら、20年前に警察の介入によって世間的には ”終了” している事件だから、今になってどんな解釈をしても世間の人々には影響がない。ならば、関係者・当事者にとって「最大多数の最大幸福」を実現するような、希望に満ちたハッピーな推理を導き出してもいいではないか、という展開は納得できるものだ。
このシリーズは現在二作目まで刊行されており、私は既に読んでいる。そちらも依頼人が持ち込んだ過去の事件について、《名探偵倶楽部》のメンバーが推理を戦わせるというもの。このシリーズはこのパターンでいくのだろう。
煌さんを含め、《名探偵倶楽部》メンバーのキャラも立っている。特に志希さんに片思い中の白兎くんが健気すぎて笑ってしまう(おいおい)。
多重解決ものをこのレベルで書き続けるのは大変なことだと思うのだが、楽しいシリーズなので次巻が待ち遠しくなる。
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