評価:★★★
元傭兵の鹿島は、北海道に建設されたデータセンターの警備員になった。しかしそこで殺人事件が起こる。厳重なセキュリティで護られ、記録されずに出入り不可能な現代の密室の中で・・・
第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
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”クラウド” という言葉もすっかりメジャーになったが、その正体(データの保管場所:データセンター)を知る人は少ないのではないか。せいぜいどこかのビルの中にものすごい数のサーバがひしめいていて・・・くらいのイメージしかないだろう(私もそうだった)。本書ではそのデータセンターの実態も描かれるので、そこも興味深いところだ。
警察組織に馴染めずに、北海道警を退職した鹿島丈(かしま・たける)は海外に渡って民間軍事会社に入り、傭兵として6年間過ごしてきた。しかしイラクでの任務中に警護対象の子どもたちを守れず、恋人までも失ってしまう。
帰国してビルの建設現場の警備員になった鹿島は、ヤクザに絡まれている女性・可奈(かな)を救う。
それをきっかけに可奈と同棲をはじめた鹿島は、やがて可奈の故郷である北海道七飯町に彼女とともに移り住むことに。
鹿島は、七飯町の山中に新規建設中のデータセンター〈グリーンフォレスト〉の警備員に採用される。しかし着任早々、データセンター内のポッド(大量のサーバが収納されている部屋)内でクロスボウの矢が刺さった死体が見つかる。
〈グリーンフォレスト〉はアメリカのソラリス社が運営している。遺体はソラリス社のファシリティマネージャー(施設管理者)だった。
セキュリティを保つために通常は施錠されているポッドへの出入りは、すべて電子的に管理・記録されており、死亡推定時刻には現場に被害者以外は誰もいなかったことが判明する・・・
〈グリーンフォレスト〉では三年前に、施設建設中の火災事故で6人の作業員が亡くなっていた。これが今回の事件の背景になっているのではないかと思われたが、詳しい事情はなかなか明らかにならない。
物語は密室殺人を巡る警察の捜査、〈グリーンフォレスト〉社員の対応、そしてアメリカの本社ソラリスの思惑が描かれていく。
特にソラリス社にとって〈グリーンフォレスト〉は世界戦略の拠点の一つでもあり、殺人事件が未解決のままでも、あえて落成記念式典を強行しようとするのだが、そこが終盤のヤマ場となる。
主人公が元傭兵であることと、文庫裏表紙の惹句に「ハードボイルド巨編」なんて書いてあったものだから、てっきり『ダイ・ハード』みたいに、クライマックスでは〈グリーンフォレスト〉内に立て籠もったテロリストたちに対し、鹿島が単身戦いを挑むのかと思っていたよ(おいおい)。
実際にどんな展開になるのかは読んでいただきたいが、私が勝手に ”マッチョなオッサン” のイメージを重ねていた鹿島が、意外にも(失礼!)名探偵ぶりを発揮して、本格ミステリとしてもきっちり締めていく。
まあ、考えてみれば第25回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作だからね(以前、このブログで記事に書いた『青い雪』と同時受賞)、当たり前と云えば当たり前だった。
現代ならではの電子的な密室だが、それを破る方法もまた現代ならでは。トリックは出尽くしたと言われるが、人間の世が進歩して新しいものが生まれていけば、トリックもまた新しく生まれてくるということか。
〈グリーンフォレスト〉の多国籍なスタッフ、建設施行を受け持っている地元企業の社員など多彩な人物が登場するが、印象的なのは二人かな。
殺人事件捜査の指揮を執る北海道警の警部・大嶽(おおたけ)は、かつて鹿島の同期だった男。ドロップアウトした鹿島とは対照的に順調に出世している。
鹿島は、可奈をヤクザ組織から絶ち切らせるために大嶽の力に縋ったことがある。それにより、鹿島は大嶽に対し大きな ”借り” をつくった。
その大嶽と鹿島が事件で出会い、どうなるか。普通なら水と油の二人で、大嶽は過去の ”貸し” を返せとばかりに、鹿島へいろいろ無理難題を押しつけて・・・とか予想しがちだが、蓋を開けてみれば大方が予想するようなありきたりの関係に収まらないところもちょっと面白い。
そして可奈。浮き草暮らしの鹿島にひとつところに留まる決意をさせた女性で、彼の生きるよすがでもある。しかし序盤において、彼女には過酷な運命が待っていることが明かされる。この二人の描かれ方も本書の読みどころだろう。
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