白と黒




 昭和35年。新造の団地内で住民のプライバシーを暴露する怪文書が横行し始める。そして団地のダスター・シュート内からタールまみれの女の死体が発見される。
 都市の中の閉鎖空間とも云うべき団地。絡み合う複雑な人間関係に潜む真相に金田一耕助が挑む。

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 昭和35年。小田急線の沿線に新造された日の出団地。予定された20棟のうち18棟が完成し、残りの2棟は建設中だ。既に入居も始まり多くの住民たちが生活を始めている。

 金田一耕助はそこに住む主婦・緒方順子(おがた・じゅんこ)から相談を受ける。彼女の夫・達雄(たつお)のもとに怪文書が届いたという。

 それは彼女の過去を暴き、現在進行中の不貞行為を告発するものだった。その怪文書が原因で達雄は家を出て行方不明になっていた。

 日の出団地には最近になって、怪文書が横行していた。「Ladies and Gentlemen」というフレーズから始まり、(虚実は不明ながら)住民のプライバシーを暴く内容が続く。その怪文書によって中傷された若い娘が自殺未遂を起こすという事件まで起きていた。

 順子とともに日の出団地へやってきた金田一耕助だが、折しも建設中の棟で女性の死体が発見される。

 遺体は一階にあるダスター・シュートのゴミ排出口に上半身を突っ込み、その上にはタールが山のように盛り上がっていた。屋上で建設作業に使用されているタール容器の底に何者かが穴を開け、そこから漏れたタールがダスター・シュート内に滴り落ちて遺体を覆っていたのだ。

 顔の判別はできないが、遺体の服装などから団地の敷地内にある洋裁店「タンポポ」のマダム・片桐恒子(かたぎり・つねこ)と思われた。

 生前の恒子は写真を撮られることを極端に嫌い、開店に当たって家主に提出した書類にも不審な点があった。どうやら慎重に自分の身元を隠していたようだ・・・


 怪文書の差出人は誰か。その目的は。遺体をタールで損壊した理由は何か。失踪した達雄はどうなったのか。それらはマダムの殺人と関係があるのか。そして殺人犯は誰か。
 金田一耕助は団地内で起こった殺人事件の解決に乗り出すが、事態は混迷し、真相になかなか到達できない。


 金田一耕助というともっぱら「地方の閉鎖的な空間で起こる事件」を扱ってるイメージがあるが、昭和30年代に入ると東京などの都会での事件も数多く扱っている。

 だがこの事件で舞台となる日の出団地という場所が、意外と閉鎖的で人間関係が濃密なことに驚く。「八つ墓村」や「悪魔の手毬唄」ほど隔離された世界というわけではないが、住民同士が日頃の言動を注視しあっているところなど、独特な雰囲気を感じさせる。

 現代では、一戸建てか集合住宅かに関わらず、隣近所との関係が希薄なことが普通だと思うのだが、この日の出団地は異なるようだ。

 まあ昭和35年という、私が産まれた頃の話なので(トシがバレるな)、ここだけがそうなのか、当時の団地というものがみんなこのようだったのかは、残念ながら私には分からないが。

 そしてこの人間関係は、事件の様相に大きく影響している。本書は文庫で約540ページという大部。それだけ事件を構成する要素が多いとも云えるのだが、ラストに金田一耕助が事件を取り巻く諸々の事象をひとつひとつ取り払っていくと、最期に残される真相はいたってシンプルなものであることに驚かされる。

 単純な殺人事件であったものが、周囲の人間が様々な思惑で行動を重ね、あるいはうっかり、あるいは勘違いとかの偶発的な要素も加わり、どんどん複雑化していってしまう。

 案外、事件そのものより、怪文書や殺人に振り回されて右往左往する人間たちの喜怒哀楽を描くことの方が主だったのではないかと思ってしまった。

 そして、そういう風に書いても500ページ越えの物語を面白く読ませるのだから、やはり横溝正史という作家さんはただ者ではないのだろう。

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