冬雷



評価:★★★★☆

 孤児だった夏目代助は、港町の旧家・千田家の養子となった。しかし養父母の間に実子・翔一郎が生まれたことで代助の運命は変転していく。まだ幼い翔一郎が失踪したことが発端になり、代助は恋人・真琴とも別れて町を出た。
 そして12年後。代助のもとへ翔一郎の遺体が発見されたという知らせが届く。そして発見者の真琴に容疑がかかっているという。
 代助は町へ帰ってきた。住民たちの冷たい仕打ちに耐えながら、事件の真相を探り始めるのだが・・・

 第71回日本推理作家協会賞・長編および連作短編部門候補作、そして第1回未来屋小説大賞受賞作。

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 2016年。大阪で鷹匠として暮らす夏目代助(なつめ・だいすけ)のもとへ、刑事が現れる。12年前に失踪した代助の義弟・千田翔一郎(せんだ・しょういちろう)の遺体が見つかったという。


 代助が恋人だった加賀美真琴(かがみ・まこと)とも別れて、それまで暮らしていた港町・魚ノ宮(おのみや)を去ったのも、翔一郎の失踪が原因だった。
 遺体の発見場所は魚ノ宮にある鷹櫛(たかぐし)神社の氷室の中。発見者は神社の巫女である真琴で、警察は彼女を殺害犯として疑っているらしい。

 代助は魚ノ宮町に帰ってきた。翔一郎の葬儀に参列するために。そして千田家をはじめとする町の住民たちの冷たい視線に耐えながら、12年前の事件の真相を調べ始める。


 ここで物語は、過去へと時間を遡る。


 1998年、施設で育った孤児・夏目代助は11歳で千田雄一郎(ゆういちろう)・京香(きょうか)夫妻の養子となった。

 千田家は港町・魚ノ宮で代々続く旧家だった。鷹匠の家系で、年に一度の鷹櫛神社の大祭でも重要な役を受け持っていた。代助は雄一郎から鷹匠となるべく厳しい指導を受けることになる。


 一方で千田家は資産家でもあり、企業も経営する実業家でもあった。名実ともに町の有力者・支配者であり、雄一郎たちが住まう「冬雷閣」(とうらいかく)は千田家の権威の象徴でもあった。

 雄一郎の弟・倫次(りんじ)は鷹櫛神社へ婿入りして加賀美姓となり、その一人娘が巫女である真琴だった。

 代助と真琴は同い年で、そろって同じ中学・高校と通うことに。時の流れとともに、2人は次第に惹かれ会う仲になっていくことになる。

 順当にいけば代助は千田家のすべてを受け継ぐはずだったが、その運命を変転させる出来事が起こる。雄一郎・京香夫妻の間に、実子・翔一郎が生まれたのだ。それ以来、雄一郎は愛情のすべてを翔一郎に注ぐようになり、代助は孤立感を深めていく。

 そして代助と真琴が高校の卒業を控えた冬、翔一郎が失踪するという事件が起こる。周囲の者がみな代助に疑いの目を向けるが決め手はなく、事件は迷宮入りに。

 代助は養子関係を解消して千田家とは絶縁した。真琴とも別れ、魚ノ宮町を去ることになった。

 そして時間軸は再び2016年になり、町へ戻った代助による探索行が綴られていく・・・


 魚ノ宮町はいわゆる ”古き因習” が残る町である。冬雷閣(千田家)と鷹櫛神社(加賀美家)は、町の二大旧家であり、大きな影響力を持っている。

 だから千田家の後継者であり冬雷閣の当主の座に就く予定の代助と、将来は婿養子を迎えて鷹櫛神社を継ぐことになる真琴は、町の住民にとって別格の存在だ。

 だから代助と真琴を取り巻く学友たちの態度も、よく言えば「一目置いている」、悪く云えば「距離を置いて遠くから眺めている」。しかもその心の中に妬みや嫉みの感情を隠した者も少なくない。

 そんな環境の中にあって、次第に距離を縮めていく代助と真琴だが、2人の将来には大きなハードルがあった。「冬雷閣の当主は鷹櫛神社の巫女とは婚姻関係を結べない」という不文律があったのだ。これもまた ”古き因習” のひとつであり、2人はこれに苦しむことになる。

 本書は、そんな因習に振り回されてきた2人のラブ・ストーリーでもある。11歳で出会い、18歳で別離することになった2人の関係が、12年後の再会でどう変化していくのかも本書の読みどころのひとつだろう。


 そして重要な役回りをするキャラがもう2人いる。代助・真琴の同級生だった三森龍(みもり・りゅう)とその妹・愛実(まなみ)だ。

 愛実は出会った時から代助に対して一方的な愛情を抱き、彼が魚ノ宮町を出るとその後を追って出奔し、代助の行く先々に姿を現す。いわゆるストーカー行為を続けていく。

 しかし代助は一切、愛実を相手にしなかったため、愛実は次第に精神を病み、妄想が高じて、やがて自ら命を絶ってしまった。代助が町を出て10年後、翔一郎の遺体発見の2年前のことだ。
 そして妹の死を知った龍は、代助に対して暴行傷害事件を引き起こすことになった。

 翔一郎の葬儀のために町へ戻った代助に、住民たちの態度は敵対的だ。真琴でさえ代助とは距離を置き、容易に本心を見せない。

 そんな中、なぜか龍だけは代助に本音で接し、彼の行動に便宜を図ってくれる。

 龍と愛実は、町から離れた代助を再び事件に結びつけるためだけの登場かと思っていたのだけど、さにあらず、物語が終盤へと展開していくにつれて、重要な位置を占めていることが分かっていく。


 孤児として育った代助は、養子縁組によって富豪の後継者となり、素晴らしい恋人も得た。しかし義弟の誕生と失踪によってすべてを失う。殺人の容疑まで掛けられ、恋人も去り、一人寂しく町を出る。


 しかし考えてみれば、代助に落ち度はひとつもない。彼は真面目で誠実であり、鷹匠の訓練も実直にこなして腕前も上がり、学業成績も優秀だ。真琴との将来も真摯に考えている。そんな彼に降りかかってくる運命の変転を一言で言い表すなら「理不尽」だろう。

 読者のほとんどは代助に対して感情移入していくことと思う(もちろん私もだ)。そして自分を襲った「理不尽」の正体を突き止めようとする代助を応援するだろう。

 事件が解決しても、すべてが元に戻ることはありえないが、少しでも代助に幸福と平穏が訪れることを願うだろう。

 しかし代助を描く物語は暗い雰囲気に覆われている。”冬に雷が鳴る” という厳しい自然の地であるせいもあるだろう。(多分に同調圧力もあるのだろうが)旧弊な風習に囚われた住民たちの振る舞いもあるだろう。読者はその中で過ごしていく代助の日々を、息が詰まるような想いで読み進むことになる。

 そして迎える物語の結末。巻末の解説によると、作者は単行本を文庫化する際、終章に若干加筆したらしい。それがどこかは分からないが、私はおそらくラストの10行ではないかと思う。

 代助が長い苦しみの果てに辿り着いたこの結末。人によって評価は異なるだろうが、私は納得できるものだった。

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