東京輪舞(ロンド)



評価:★★★☆

 主人公・砂田修作は昭和・平成の世を騒がせた多くの事件に公安警察官として関わっていく。その陰で暗躍するのは謎の女スパイ・クラーラ。しかし捜査に臨む砂田は、警察組織内のさまざまな思惑、腐敗、軋轢に翻弄されていく・・・

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 昭和22年(1947年)生まれの砂田修作(すなだ・しゅうさく)は大学卒業後に警視庁へ入庁する。昭和50年(1975年)、巡査部長となった砂田は警視庁公安部外事一課に配属される。ここはスパイ行為を含む国際案件を担当する部署だ。
 これ以降、彼は昭和・平成を通じて世間を騒がせた事件の数々に関わっていくことになる。


「1976 ロッキードの機影」
 ロッキード社が航空機売り込みのために賄賂を送った相手として、元首相の田中角栄が逮捕されるという、いわゆる「ロッキード事件」が起こる。
 それに関連して、CIA(アメリカ中央情報局)から公安部に捜査要請が入る。ロッキード社の元社員ヘンリー・ワイズが日本に入国後、行方をくらませた。彼の消息を追えという。
 捜査の中で、砂田はアンナという少女と出会う。彼女はヘンリー・ワイズの娘だった。両親が離婚後、母の故郷オーストリアに帰り、今は留学生として中央大学に在籍していた。
 捜査陣はヘンリーが娘に会いに来るとみてアンナをマークし、砂田は彼女との連絡要員になったが・・・


「1986 東芝COCOM違反」
 警部補へ昇進した砂野は外事一課四係の主任となった。
 東芝と伊藤忠の社員に、KGBの機関員が接触しているという情報が入る。伊藤忠と接触しているのはクラーラ・ルシーノワ。10年前の事件にも関わった工作員だった。
 やがて東芝が伊藤忠を通じてCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)に違反する機械をソ連に輸出しているとの告発がなされた。
 捜査を続ける砂田たちは、意外な大物に出くわすことに・・・


「1991 崩壊前夜」
 新宿で銃撃事件が起こった。現場となったのはKGBがダミーとして設立したチュルコワーズ社で、二人が死亡、一人が生存。その生き残りこそクラーラ・ルシーノワだった。警察に保護されたクラーラは「砂田修作としか話さない」と云っているという。
 外事一課係長となっていた砂田は、直ちに彼女に会いに行くが・・・


「1994 オウムという名の敵」
 『松本サリン事件』の五ヶ月後、オウム真理教の本部がある山梨県上九一色(かみくいしき)村で異臭騒ぎがあり、科警研(警察庁科学警察研究所)の分析により、付近の土壌からサリンが検出された。
 かねてから内偵を進めていた公安は、オウムがロシアから武器を密輸入しているとみて、砂田に探索を命じるのだが・・・


「1995 長官狙撃」
 オウム真理教本部の強制捜査から8日後、國松警察庁長官が何者かに狙撃され重傷を負う。オウム事件の捜査で手一杯の刑事部に代わり、警備部(公安)が狙撃事件の捜査に当たることに。しかし現場での所轄署の刑事たちと公安刑事たちの対立は次第に深まり、一触即発の危機に。
 そしてオウム・北朝鮮・ロシアを繋ぐ糸を追っていた砂田は、公安内部で行われている ”とんでもない暴挙” を知ることに・・・


「2001 金正男の休日」
 警視庁から千葉県警へ出向した砂田は、成田空港警備隊総務室調査官となっていた。そこへ警視庁から一報が入る。シンガポール発JAL712便で金正男(キム・ジョンナム)が成田へ向かっているという。彼は北朝鮮の独裁者・金正日(キム・ジョンイル)の長男で、日本から北朝鮮への送金に関与している疑いがあった。
 空港署員と入国管理局成田支局員たちによって拘束された金正男だったが、日本政府は早期国外対処とする決定を下してしまう・・・


「2018 残照」
 定年退職して年金暮らしなった砂田。過去に関わった事件を回想する日々を送っていたが、ある日横浜駅のデパートで、一人の女性と出会う。それは彼と同じく老境へ入ったクラーラだった・・・


 砂田が関わった事件の多くで、女スパイ・クラーラが現れる。ある時はその陰が見え隠れし、またある時は堂々と砂田の前に現れることもあった。
 砂田にとってクラーラは運命の女性になった。女性としての魅力を感じていたし、愛情も持っていた。彼女の方もそれとなく彼への想いを示すこともあった。
 同時に、二人は不倶戴天の敵であり、諜報の世界での好敵手でもあった。本書はそんな二人の40年以上にわたる愛憎の物語でもある。

 そしてクラーラ以外に砂田の人生に大きく関わる人間が二人。

 一人は同期でありながら上司となるキャリア組警察官・阿久津武彦(あくつ・たけひこ)。若かりし日の二人は、警官としての理想を語り合い、肝胆相照らす中となる。
 砂田が最も信頼する相手であったが、時が経ち、順調に出世を重ねていく阿久津との間に次第に齟齬が生じていく。

 そして眉墨圭子(まゆずみ・けいこ)。「1986」で砂田の直属の部下として初登場するが、彼女もまた彼の人生に大きく関わっていく。

 歴史的な事件の中で、砂田がどんな役割を果たしたかがストーリーの中心なのだが、砂田・クラーラ・阿久津・圭子の4人の関係性の変化もまた本書の読みどころだろう。

 フィクションではあるものの、実在した人物が実名で登場したりして、私と同年代くらいの読者なら、「あの事件の陰ではこんな人物がこんなことをしていた(かも知れない)」と、歴史の裏の暗闘に思いを馳せることだろう。

 しかし敵は外国のスパイだけではない。警察組織の中にも勢力争い、出世争い、反目・葛藤・腐敗・対立の構造があり、砂田はそれに翻弄されることになる。
 砂田本人は自らが理想とする警察官像に従って生きてきたが、それが報われないどころか、それが原因で左遷や閑職に廻されたりと、組織の中で冷遇されていくことになる。
 しかし、それでも理想を貫く彼の姿に惹かれて、読者はページをめくり続けるだろう。

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