誰かがこの町で



評価:★★★☆

 望月麻希は赤ん坊の時に養護施設に預けられ、そこで育った。彼女の家族は失踪したという。法律事務所の調査員・真崎雄一は、麻希の家族を探す仕事を引き受けることに。
 二人は麻希の家族が暮らしていた町へやってきたが、住民たちの異様な雰囲気に驚かされる。そこでは、21年前に凶悪な事件が連続して起こっていた・・・

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 主人公・真崎雄一(まさき・ゆういち)は、弁護士・岩田由紀子(いわた・ゆきこ)が営む法律事務所で調査員として働いている。

 そこに現れたのが望月麻希(もちづき・まき)と名乗る少女。赤ん坊の時に養護施設に預けられ、そこで育ってきた。彼女の話によると、どうやら岩田の学生時代の友人・望月良子(もちづき・りょうこ)の娘のようだ。
 良子は大学卒業後に出版社に務めたが結婚後は埼玉に転居し、その後音信が途絶えていた。麻希が施設に預けられたのは、良子の一家が失踪したためらしい。

 麻希の家族を探す仕事を引き受けた真崎は、良子とその夫が暮らした町へやってくる。そこは埼玉県北部の北名(きたな)市・鳩羽(はとは)地区。40年近く前に開発・分譲が始まった高級新興住宅地、いわゆるニュータウンだった。
 しかし真崎は到着早々、そこの住民たちが外部の者に対して示す排他的かつ敵対的な態度、閉鎖的な雰囲気に愕然とするのだった。


 真崎と麻希の探索行の物語と並行して、もうひとつのストーリーラインが進行する。こちらは21年前の鳩羽地区に暮らす一家の物語だ。


 専業主婦の木本千春(きもと・ちはる)の一人息子・貴之(たかゆき)が行方不明になり、他殺死体となって見つかる。

 事件が解決の兆しを見せない中、住民たちの中に「犯人らしき怪しい男がいる」という噂が流れ出す。その人物とは、外国人の技能実習生だった・・・


 コロナ禍のころ、「同調圧力」という言葉が話題になった。本作は、まさにその同調圧力が極限まで高まった世界を描いている。

 誘拐事件で外国人が疑われる。たいした根拠も無しに。

 「我々住民たちは正しく真っ当に生きている。ならば犯人は外部の者に違いない。」
 それに疑問を挟む者がいたら、今度はその者が住民たちから攻撃、排斥されてしまう。
 自分自身の想いは心のうちに封じ、大勢に従っていかないと生きられない町。
 そしてそれが続いていくうちに、いつしかそれに慣れきってしまい、
 自ら考えたり疑問を持つことを放棄してしまう。
 全体に流されるままの生活に浸りきってしまう。

 読んでいくと、フィクションと分かってはいるのだが激しい憤りをおぼえる。そして同時に恐ろしさも感じる。もし自分が住む世界がこんな世界に変貌してしまったら・・・そんな想像に怯えてしまう。そしてそれは決して杞憂ではなさそうなのがここ数年の日本の、そして世界の状況だ。


 本作は通常のミステリとはかなり異質だ。過去に起こった凶悪事件が、町民たちの同調圧力が支配する世界のなかで、いかにねじ曲げられ、変質し、隠蔽されていくかが描かれていく。


 決して明るくはない(むしろ暗く落ち込む)話なのだが、その中にあって、ヒロイン麻希の、危なっかしいがいかにも若者らしい行動力が好ましい。それをフォローする真崎が、きちんと善悪の区別を示し、理性ある大人としての役割を果たしていくのもいい。このあたりは鳩羽地区の住民たちとは対極になるように描いているのだろう。

 息苦しいような辛い展開が続くが、ラストには希望の光も見える。読後感は悪くない。

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