評価:★★★☆
雑誌等に発表されながら、諸々の事情で単行本に収録されなかった短編を集めた作品集。内訳は臨床犯罪学者・火村英生シリーズ2編、推理研部長・江神二郎シリーズ2編、ノン・シリーズ2編。
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「女か猫か」(江神二郎)
推理研の紅一点・有馬麻里亜(ありま・まりあ)は友人・シーナから相談を受ける。シーナの所属する学生バンド・アーカムハウスの男性メンバーが不可解な事態に遭遇した。幽霊が出るという曰くの建物で一夜を過ごしたところ、朝になったら顔に猫のひっかき傷がついていた。もちろん室内に猫はいなかったし、建物は密室状態だった・・・
江神は状況を丹念に分析して謎を解いてみせるが、それよりもバンド内の恋愛模様の方に興味がいく。いやあ、若いっていいねぇ。
「推理研vsパズル研」(江神二郎)
居酒屋で飲んでいた推理研のメンバーは、そこに居合わせたパズル研のメンバーから挑戦を受ける。「青い眼を持つ村人のパズル」が解けるか、というもの。
推理研のメンバーが頭をひねる中、部長の江神は早々に解いてしまう。しかし江神はそこから進んで、そのパズルが成立する背景にまで思考を広げていく・・・
「青い眼を持つ村人のパズル」自体は元ネタがあるらしいのだが、そこから発想を展開させていくのはやはりミステリ作家さんだなと思う。
「ミステリ作家とその弟子」(ノン・シリーズ)
鎌倉に住む大御所ミステリ作家・刑部慶之助(ぎょうぶ・けいのすけ)は、現代では珍しく御堂清雅(みどう・せいが)という弟子を抱えていた。御堂の書いたものに激しくダメ出しをする刑部。このあたり、創作というのがいかに難儀なことかよく分かる。小説家というのは頭も必要だがメンタルもタフでないと務まらないんだろうなぁ。
その中でも「ウサギとカメ」の話の解釈が面白い。「あとがき」によると、この童話に関して作者の奥様が発したひとことが本作執筆のきっかけだとか。たしかに見方によってはそうだろう。
そして作家と弟子の物語は意外な結末へ。この話自体が有名な某作品をなぞってるのも流石。
「海より深い川」(火村英生)
23歳の男性が海に飛び込んで自殺した。その前日、彼は友人に「海より深い川」という言葉を残していた・・・
1978年のフォークソング『黒の舟唄』(長谷川きよし&加藤登紀子)が出てきてびっくり。懐かしい曲だ。若い人は知らないんじゃないかな。
とはいっても、火村シリーズは ”サザエさん時空” だからね。時代は進んでもレギュラーキャラは歳をとらない。それはそれで利点もあるのだろうけど、世の中の変化を描き込みにくいという欠点もある。でもそのために読めなくなるのももったいない。
作中に年代を明記できればそれは回避できたとも思うが、それはこのシリーズにそぐわない気もするし。
「砂男」(火村英生)
『夜、睡れずにいると「砂男」がやってくる』そんな都市伝説が広まっていた。
大学の助教授・小坂部冬彦(おさかべ・ふゆひこ)が自宅のリビングで殺された。犯人は現場にあった砂時計を壊し、中の砂を遺体に振りかけていた・・・
本作が書かれたのは1997年。インターネットが一般に普及し始める直前くらいの時期か。噂の広まりが口コミからネット・SNSに変わり、都市伝説の形が変質してしまったことが収録を見送った理由らしい。私はさほどというか全く気にならなかったんだけど、作り手としてはそう簡単に割り切れないんだろうな。
「小さな謎、解きます」(ノン・シリーズ)
商店街にあった〈占いの館〉が店じまいし、代わってそこのオーナーの孫・樋間直人(ひま・なおと)はそこに探偵事務所を開いた。直人は小学生の甥・健斗(けんと)とともに、持ち込まれる事件を解決していく。
文庫で20ページちょいだが、二つの事件が描かれる。解決するたびに直人は加熱式タバコを燻らすのだが、それはこの作品がJTのサイトに連載されたから。
分類すれば ”日常の謎” 系かな。本作が短編集に収録されなかったのは、他の作品と雰囲気がかなり異なるからかなかもしれない。
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