紅招館が血に染まるとき THE LAST SIX DAYS



評価:★★★☆

 ”バタフライ” と呼ばれる、蝶の翅の生えた人型アバターが生活するVR空間〈バタフライワールド〉(BW)。そこは非暴力が徹底され、アバター同士が傷つけ合うことは不可能な世界。
 現実世界から逃避するため、BWに入り浸りの生活を送るアキは、相棒のマヒトとともに〈紅招館〉に向かう。そこにはログアウトしない者たちが暮らしていた。しかしそこの住人の一人がナイフで刺殺されるという事件が起こる・・・

 『Butterfly World 最期の六日間』を改題、文庫化。

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 学生時代のトラウマから引きこもりとなったアキは、VR空間〈バタフライワールド〉(BW)へ入り浸るようになっていた。

 そこは ”バタフライ” と呼ばれる、蝶の翅の生えた人型アバター(ゲーム世界内におけるユーザーの分身)が棲む世界。アキ自身もアバターとなり、食事と排泄の時間以外はBW内で生活する。それは彼女にとって至福の時間だった。

 一日24時間のうち23時間くらいログインしたままの生活を送るアキの現実生活はなかなか凄まじい。風呂にもろくに入らず、部屋は魔窟と化し、同居する弟は姉に対して心配を通り越して呆れ果てている(笑)。

 ところが、BWには24時間ログインしたままの者たちが暮らす〈紅招館〉という館があるという。BW内での相棒・マヒトの助けでその場所をつきとめたアキは、二人で〈紅招館〉へやってきた。

 しかしその直後、地震のような揺れがBW世界を襲い、〈紅招館〉の周囲を半透明の壁が覆って外部との出入りが不可能になってしまう。BWのサーバーに何らかの不具合が起こったらしい。
 〈紅招館〉に宿泊させてもらうことになったアキたちだが、その翌朝、館の住人の一人がナイフの刺さった死体となって発見された・・・


 BW世界は、徹底的に暴力が排除された世界。武器はもちろん素手であっても、他者を傷つけることも、傷つけられることもできないようにプログラムされている。

 それは自分自身に対しても同様で、要するにこの世界では他殺はもちろん自殺さえ不可能になっている。

 これは本書の根幹をなす設定なので、作中では細かくいろんな場合を挙げて説明が展開される。それにより『ナイフの刺さった死体』というのがいかにあり得ないものであり、なおかつ大きな謎として成立することがわかる。
 ところが ”殺人事件” はこれだけで終わらない。さらに第二の事件が発生していく。


 外部と出入りできないクローズト・サークルと化した館内の事件なので、当然容疑はアキとマヒトに降りかかってくる。自らの潔白を証明するためにも、アキは犯人を突き止めるべく活動していくことになる。

 館の住人たちがログアウトせずに生活を続けられる理由については、見当をつく人は多いだろう。私でもわかったし。しかし、それで事件の真相がわかるかというと、そういうわけでもない(笑)。

 真相を探るアキは、やがてBW世界が成立するまでの経緯を知ることになり、さらには自分自身を引きこもり生活へと追い込んだ、忌まわしい過去とも対峙する必要に迫られていく。

 事件の真相は、この世界の特殊設定の中での ”お約束” にのっとり、きっちり説明される。しかし本書の目玉は、その解決までの過程を通じて、アキ自身の精神的な成長も描かれていくことだろう。


 今から30年以上も過去の話だが、私自身も二十代の終わりから三十代の初め頃にかけて、PCゲームにのめり込んだ時期があった。睡眠時間を削り、寝るヒマさえ惜しんでPCの前に座り続けていたのだが、あるときふっと「オレはいったい何をしてるんだろう」と気づき(おいおい)、それ以降ゲームからはきっぱり足を洗ったという過去がある。

 でも、あの時期があったおかげで未練なくゲームと縁が切れたので、あれはあれで必要な時間だったのだと今なら思えるが。

 あの頃と比べて、ゲーム世界はCGの進歩もあって遙かにリアルさを増しているだろう。今のこの時代にゲーム世界にのめり込んでいる人には、本作はどんな風に受け止められるのだろう。

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