影がゆく



評価:★★★★

 天正元年(1573年)、近江の国。浅井長政が立て籠もる小谷城は織田信長の攻撃で落城の時を迎えようとしていた。
 そんなとき、浅井一族の娘・月姫を落ち延びさせるべく、精鋭の武士と忍者たちが選ばれた。目指すは越後上杉家。しかし秀吉も手練れの忍び・黒夜叉を追っ手として差し向ける。
 信濃国に暮らす忍者・甚兵衛は息子の犬丸とともに姫の一行に加わることになるが、凄腕の忍者・弁天もまた甚兵衛をつけ狙っていた・・・

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 天正元年(1573年)8月、近江の国。浅井長政とその一族は小谷城に立て籠もる。しかし浅井家救援に向かっていた朝倉義景の軍勢が織田軍に敗れたため、孤立することに。

 落城の時が迫る中、長政の弟・政元(まさもと)の、6歳になる娘・月姫(つきひめ)を落ち延びさせる計画が立案され、精鋭の武士と忍者たちが選ばれた。

 目的地は越後上杉家。一行はまず東進して木曽から信濃に入り、その後北上して越後を目指すこととし、小谷城を脱出する。

 しかしそれに気づいた羽柴秀吉は、手練れの忍び・黒夜叉(くろやしゃ)を追っ手として差し向ける。

 月姫一行に迫るのは秀吉の追っ手だけではない。この四ヶ月前の4月には武田信玄が病没し、武田家はその死を隠蔽すべく国境警備を固めていた。そのため、信濃に向かう月姫一行は武田に仕える真田忍者の警備網に引っかかり、追跡されることに。

 それに加えて里を荒らし回る山賊一味までも登場し、三つの勢力が入り交じりながら月姫一行を追うことに。

 6歳の幼女である月姫に加え、三人の侍女を含む一行はもともと総勢で20名近かったが、険しい山谷を越える中、度重なる戦闘によってたちまち人数を減らし、絶望的な状況に陥っていく。

 そんなとき、彼らが出会ったのが伊賀忍者・甚兵衛(じんべえ)だった。彼は息子の犬丸(いぬまる)、仲間の重蔵(じゅうぞう)とともに、信濃国の監視のために山中に暮らしていたが、たまたま月姫の一行を助けたことから三人は逃避行に加わることになった。

 そしてもう一人、同じ伊賀忍者でありながら甚兵衛を仇とつけ狙う凄腕の忍者・弁天(べんてん)もまた月姫一行を追っていた・・・


 本書は文庫で約430ページあるのだが、その8割ほどは木曽・信濃の山中での追撃・逃亡戦に宛てられている。血しぶきが飛ぶような剣戟と忍びの術の応酬が繰り返される、死闘につぐ死闘の連続。さらに妖怪じみた謎の老婆の登場などホラー風味もあって読者サービスは満点だ。

 ただ、エグい描写も多いので食欲が失せる人もいるかも知れない。読むなら体調の良い時を選ぼう(笑)。

 そんな中、8歳の少年忍者・犬丸の行動は一服の清涼剤。6歳の月姫を護って必死に戦い抜いていく姿はなんとも健気。月姫もまた気丈な娘で、我が儘や泣き言は一切言わない。読者は自然と、この幼いカップル(?)を応援することになっていくだろう。

 そしてメインのストーリーと並行して描かれるのが、甚兵衛と弁天の因縁。ネタバレになるので書かないが、終盤のストーリーに少なからぬ影響を与えることになる。

 作者の文体はいささか時代がかっていて(時代小説なんだから当たり前と言われればそれまでなんだが)、かなり癖が強いようにも思う。このジャンルの話を読み慣れている人なら問題ないのかも知れないが、私みたいに普段から現代の文章しか読んでない人には、ちょっと戸惑うところもあるのではないかな。それでも、読んでいくうちになんとなく気にならなくなってくるので、慣れというのは恐ろしい(笑)。

 月姫を巡る犬丸と弁天の物語はこの巻で完結するが、二人が登場する続編『悪魔道人 影がゆく2』が刊行されている。これも手元にあるので近々読む予定。

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