謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治




評価:★★☆

 花巻の正教会で司祭が殺される。現場に居合わせた宮沢賢治は事件に巻き込まれていく。遠野へ鉱物調査に訪れた賢治は、美しき侯爵令嬢エルマと出会う。しかしそこへ司祭殺しの犯人が現れ、エルマを拉致してしまう・・・

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 宮沢賢治を主役に据えたフィクションは数多いけれど、冒険小説は珍しいだろう。

 作中で時代は明示されていないけれど、盛岡高等農林学校(岩手大学農学部の前身)の研究生を卒業した直後と設定されている。Wikipedia によるとそれは1920年のことで、このとき賢治は24歳だ。

 家業を手伝っている賢治は、花巻の正教会でペトロフ司祭からロシア語の初歩を学んでいた。しかしそこへ神楽面(かぐらめん)をつけた大男が現れ、司祭を殺害してしまう。現場に居合わせた賢治は犯人と間違われて誤認逮捕される騒ぎに。

 釈放された賢治は盛岡高等農林の恩師から頼まれ、遠野まで鉱物調査に赴くことになった。そこで賢治は、民俗学者の柳田国男と、彼が連れてきたエルマという可憐な少女と知り合う。彼女はフィンランド共和国公使の令嬢で15歳だった。

 しかしそこへ再び神楽面の大男が現れ、エルマを掠っていってしまう。

 地元の少女からもたらされた情報から犯人一味の動向を知った賢治たちは、エルマを救出すべく、遠野の山中に入っていくが・・・


 ストーリーはこの後、犯人一味の追跡、エルマの奪還、海へ向かっての脱出行と続いていく。その過程で様々な事実が明らかになっていくのだが、特筆すべきは賢治以外のメインの登場人物のほとんどが、何らかの秘密を抱えていることだろう。

 冒頭で殺されるペトロフ司祭、教会の居候のイワン、新聞記者の雪本、そしてエルマに至るまで。それは身分であったり出自であったり目的であったり。それはこの事件の根幹に関わる事実でもあり、それがストーリーの進行とともに開示されていく。

 そして、前半でちょこっとしか顔を見せなくても、後半になると意外な役回りで再登場してくる者もいたりと、隠し事してるキャラのオンパレード(笑)。

 本書のサブタイトルに「名探偵・宮沢賢治」とあるのだが、これは読者を誤認させるものだろう。だって本書にミステリ要素は少ない、というかほとんどないんだもの。

 キャラたちの抱えた秘密にしても、賢治の推理で明らかになるわけではなく、本人だったり関係する者たちが自ら語り出すかたちがほとんど。

 むしろ賢治は、典型的な ”巻き込まれ型冒険小説” の主人公の立ち位置であり、周囲の動きに流されていく中で、懸命にエルマ救出を全うしようとする。名探偵らしく鋭い洞察力を発揮したり、謎解きをする場面なんてほぼ皆無と云っても過言ではない。

 サブタイトルは「宮沢賢治の遠野大冒険」とでもした方が合ってると思う(笑)。

 物語の背景には1920年当時の世界情勢があり、それがこの事件が起こった原因にもつながっている。最終ページには【拾遺】と題して、本書に登場したあるキャラの後日談が載っている。これは歴史的事実でもある。

 本書は世界史の隙間に宮沢賢治を上手く当てはめ、実在の人物を絡めて一編の冒険小説に仕上げたということだろう。

 ただ、読み終わって感じたのは、宮沢賢治にはやっぱり冒険小説の主人公というイメージは似合わないなぁ、ということだった(笑)。

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