悪魔の寵児




 元軍人の資産家・風間欣吾の妻が、無名の画家との心中死体となって発見される。そしてここから、欣吾の愛人たちを巡る猟奇的な連続殺人が始まる。

 金田一耕助が、事件の陰で暗躍する〈雨男〉の正体に迫っていく。

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 時代は昭和33年。梅雨のさなかの6月に事件が始まる。

 戦後の混乱期に乗じて資産を成した元軍人・風間欣吾(かざま・きんご)は、その財力のモノを言わせて元華族・有島忠弘(ありしま・ただひろ)の屋敷を買い取った。ついでに忠弘の妻だった美樹子(みきこ)をも自分の妻にしてしまう(おいおい)。

 「忠弘が妻を売った」のか「美樹子が夫に愛想を尽かした」のか「欣吾が美樹子を力ずくでものにした」のか、真相は藪の中だったが。

 しかし欣吾の情欲は美樹子だけでは収まらず、三人の愛人を囲っているのも公然の秘密だった。

 西銀座の高級酒場カステロのマダム・城妙子(じょう・たえこ)、渋谷で美容院を経営する保坂君代(ほさか・きみよ)、池袋で洋裁店を営む宮武益枝だ。

 風間の妻となった美樹子は、石川宏(いしかわ・ひろし)という無名の画家に肖像画を描いてもらっていたのだが、二人の連名で欣吾の愛人たちに謎の挨拶状が届く。不審に思った彼女たちが石川の家を訪ねたところ、二人が抱き合って倒れているところを発見する。
 美樹子は死亡していたが宏は薬物を注射されて意識を失っていた。現場に駆けつけてきた欣吾によって宏は病院へ、美樹子は風間邸に運ばれる。宏は一命を取り留めるが意識に障害が残り、しかもその夜のうちに美樹子の遺体が屋敷から消えてしまう。

 そしてそこから、欣吾の愛人たちを巡る連続殺人事件が始まる。

 折しも季節は梅雨のさなか。犯行の前後に現れるのは、全身をレインコートで覆った正体不明の〈雨男〉だった・・・


 金田一耕助も途中から登場するのだが、ほとんど表舞台には出てこず、裏で調査にあたっている。その代わりにメインの視点人物となるのは水上三太(みずかみ・さんた)という新聞記者だ。

 城妙子の酒場コステロの常連で、石川早苗(さなえ)というホステスに惹かれている。早苗の兄が宏だったことから事件に介入していくことになる。
 資産家の三男坊で、金には不自由していないのだが功名心は旺盛で、時には関係者の家に潜り込んだりと、犯罪まがいの危ない橋も渡っていくくらい冒険心も持っている。彼が事件を探って行動を起する様を追っていくことで物語が進行していく。


 本書は、まず登場人物が多彩なことが目につく。

 後半からは「ミュージカルの女王」と呼ばれる湯浅朱実(ゆあさ・あけみ)が欣吾の第四の愛人として現れるが、なんと彼女は有島忠弘の後妻だったりする。
 そして欣吾の最初の妻だった望月種子(もちづき・たねこ)と、その愛人で猿丸猿太夫(さるまる・さるだゆう)こと本名・黒田亀吉(くろだ・かめきち)という蝋人形師。この二人は本書中でもっとも強烈な印象を残すカップルだろう。

 そして本書の最大の特色は、溢れんばかりの ”倒錯した性的猟奇要素” の描写だ。それも、例を挙げるのさえもはばかられるほどの。

 本書は横溝正史作品の中でも、”そっち方面” ではトップクラスだと思う。wikipedia によると、雑誌連載中には「こんなエログロを書くなんて」という批判が寄せられたとあるが、それも納得できるくらいえげつない描写が続く。
 ちょっと調べてみたが、映像化が多い横溝作品の中でも、本作は映画化もドラマ化もされてないみたい(マンガ化はあるみたいだけど)。まあそのまま映像化したら、モザイク入りのR18指定になってしまうだろう。

 また、あくまで私が読んだ印象なのだが、登場人物が多い割に容疑者となり得る者が少なめで、犯人当て要素に乏しく思える。ミステリというよりはクライム・サスペンス寄りの作品なのかなぁ・・・と感じる人も少なくないだろう。


 ところがラストシーンに至ると、きっちり本格ミステリとして着地するし、エログロ描写もミステリ要素の補強にしっかり寄与していることがわかる。

 橫溝正史という人はこういう作品も書ける、というかこういう雰囲気こそ大好きなんじゃないかなとも思わせる。人にとやかく言われても「オレは書きたいモノを書くんだ」という心意気というか意地みたいなものも感じる。そういう意味でも巨匠なんだろう。


 ちなみに本書は20代で一回、30代でもう一回くらい読んでるはずなんだが、今回改めて再読してみて分かったのは、内容の98%くらいを忘れていたこと(おいおい)。わずかな記憶は、ものすごく強烈な印象を残したエログロシーンの2つか3つくらい。つまり、ほとんど初読みたいなものだったよ。まあちょっと得した気分ではある(笑)。


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