評価:★★★☆
南房総で男の銃殺死体が発見され、同棲相手の女は行方をくらませていた。捜査に当たった草薙と内海薫は、捜査資料の中で湯川学の名を発見する。
草薙は湯川のもとを尋ねるが、彼は横須賀のマンションで意外な生活を送っていた。
表題作の長編と短編一作を収録した、ガリレオ・シリーズ第10巻。
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「透明な螺旋」
プロローグで語られるのは、昭和23年に生まれた一人の女の半生。高校卒業後、地方から東京へ出てきて、働いているうちに恋人ができ、やがて妊娠。しかし恋人は病気で急逝してしまう・・・
そして本編は現代に始まる。シングルマザーだった母親をくも膜下出血で喪い、天涯孤独となった島内園香(しまうち・そのか)。失意の彼女を支えたのはナエさんという女性。亡くなった母が心から信頼し慕っていた人物だった。
園香は勤務先の生花店に客として訪れた上辻亮太(うえつじ・りょうた)という男と知りあい、やがて恋に落ちて同棲するようになる。
そして事件のパートへ。
南房総沖に上辻の銃殺死体が発見される。彼の行方不明届を出したのは園香だったが、既に姿をくらましていた。
捜査一課の草薙(くさなぎ)と内海薫(うつみ・かおる)は、上辻が園香にDVをしていたらしいこと、そしてナエさんという女性が本名・松永奈江(まつなが・なえ)で絵本作家だということを突き止める。しかも奈江もまた行方不明で、園香と行動を共にしていると思われた。
さらに草薙と内海は、奈江が出版した絵本の参考文献に湯川学の著書があることを発見する。
奈江の行方がつかめない草薙は、わずかな手がかりを求めて湯川を訪ねるが、意外にも彼は横須賀のマンションで両親と暮らしていた・・・
読者は序盤の展開を読んで、ある予想をすると思う。私もたぶん同じことを考えたんだが、さすがに東野圭吾のミステリだからね。当たり前だけどそんな単純な話にはならない(笑)。
園香と奈江のひねりの効いた関係については、本書のいちばんの読みどころだろう。
そしてもう一つの読みどころは、本書で語られる湯川自身の生い立ちのことだ。
なんとなく湯川は子どもの頃から成績優秀で、何の悩みもなく勉強一筋に打ち込んできたイメージがあったのだけど、本書で明かされるのは、彼もなかなかの波乱の人生を歩んできているんだなぁ、ということ。
そしてそれは、今回の事件の当事者たちとも重なる部分があるので、彼の行動も単なる探偵役ではなく、警察とは異なる方向から事件に関わっていくことになる。
このシリーズはサザエさん時空ではなく、登場人物はそれなりに時を重ねている。シリーズ第一巻が1998年の刊行で、そこでは若かった草薙も湯川も本作では五十の坂を越え、係長や教授へと昇進も果たし、組織の中でもそれなりに責任のある地位へ就いている。
もしこの事件がシリーズ開始当初あたりに起こっていたら、二人とも異なる対応をしたかも知れないとも思う。とくに湯川は、初登場の頃に比べて内面ではかなり人間的にこなれてきている感じがするし。
気がつけば内海薫さんを含めて、レギュラー三人はみな未婚かな。薫さんはあいかわらず ”できる女” だけど、彼女もたぶん四十代後半じゃないかなぁ。 姓は変わってないけど、ひょっとして婿さんもらったり旧姓使用してるのかも、とか思ったり。
「重命る(かさなる)」
隅田川で見つかった水死体に関して、草薙が湯川を訪ねるところから始める。自動車にはねられて橋から川に転落したかと思われていたが、湯川の検証で被害者は自らの意思で川に落ちたことが明らかに。なぜそんな行動をとったのか?
[特別収録短編]と銘打ってある作品なのだが、読み終わってみると『透明な螺旋』と根底のテーマに共通点があるので、ここに収録されたのは妥当だろう。
ガリレオの初期の短編シリーズでは、物理/化学ネタの一発芸(?)が多かったけど、以後、長編・中編が中心になると心理的なネタにシフトしてきた。
考えたら、科学系のトリックは要求されるものが多い。まずは意外なものであること、かつある程度は視覚に訴える見栄えも必要で、しかも高度すぎて理解できないと読者がついてこれないので分かりやすさも大事。そんな条件を満たすネタはそうそう思いつくものではないのだろう。
それに、湯川も草薙も年齢が上がってきて、人間の感情の機微を絡めた話でも充分にメインキャラを任せられるようになってきたこともあるのだろう。
それはそれで面白いと思うのだけど、やっぱりちょっと寂しいとも思う。難しいのかも知れないけど、たまにはド派手な科学系ネタでビックリさせてほしいなぁ。
それはそれで面白いと思うのだけど、やっぱりちょっと寂しいとも思う。難しいのかも知れないけど、たまにはド派手な科学系ネタでビックリさせてほしいなぁ。
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