評価:★★★★
1425年の中国大陸。明国の皇太子・朱瞻基は南京に遣わされるが、そこで暗殺計画に巻き込まれる。同時に北京にいる皇帝が危篤であるとの報が入り、朱瞻基は3人の仲間とともに南京を脱出、1000kmを隔てた北京を目指す。
しかし敵の陰謀が完遂されてしまうまで、あと十五日しかない・・・
歴史小説×サスペンス×冒険×ミステリ、あらゆるエンタメ要素を包含した超大作。
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舞台は1425年の中国大陸。明(みん)の時代。
皇太子・朱瞻基(しゅ・せんき)は皇帝の命で南京に遣わされる。長江を下ってきたが南京への到着寸前に乗っていた船が爆発してしまう。朱瞻基は辛うじて生き延びたものの、陸に上がった途端に爆破犯人の一味として、南京の捕吏(警官)である呉定縁(ご・ていえん)に捕らえられてしまう。
物語の冒頭から、朱瞻基は暗殺計画に巻き込まれたり濡れ衣で捕まったりと散々なのだが、本書での彼の受難はまだ序の口である。数え切れないほど水に落ちたり、矢で射られて怪我をしたり、果ては肥桶に入れられて人糞まみれになったり(おいおい)と、とても大帝国の御曹司とは思えない扱いを受け続けていく。
物語の根本は、命を狙われた朱瞻基が、追っ手を逃れながら父である皇帝がいる首都・北京を目指すというもの。なぜなら、皇帝が危篤であるとの火急の報が入ったから。どうやら首都では政権奪取の陰謀が進んでいるようだ。
朱瞻基に付き従うのは捕吏の呉定縁、下級官吏の于謙(うけん)、女医の蘇荊渓(そ・けいけい)。
目的地は1000kmも北の地だから急がなければならない。だが、なんとこの4人がなかなか南京を脱出できない。ようやく北京への旅が始まるまでに上巻の半ば近くまでかかってしまう。
まあこれは、生まれも育ちも価値観も異なる4人が出会い、紆余曲折を経て命からがら包囲を突破し、とりあえず北京へ向かうという目的の下に ”チーム・朱瞻基” として成立するまでをじっくり描いていると云うことだろう。
呉定縁は一介の捕吏なのだが実は頭が切れ、武術にも長けている。本書は朱瞻基と呉定縁のダブル主人公と云っていいだろう。
なにかにつけて反目することの多い二人だが、次から次へと襲い来る困難を乗り越えていくうちに連帯感と信頼感を育んでいき、終盤にはお互いを ”友” と呼ぶようになる。さらには蘇荊渓を巡って恋のさや当てを演じるあたりは、お約束の展開でもある。
脇を固める于謙は、南京に出向している下級官吏だが才気渙発で忠誠心に溢れている。もう一人の女医・蘇荊渓は矢で負傷した朱瞻基の治療と世話のために同行することになる。
朱瞻基と于謙は実在の人物なのだが、呉定縁と蘇荊渓は架空の人物。後半になると呉定縁は自分の意外な生い立ちを知り、終盤には蘇荊渓が一行に加わった真の目的が明かされることになる。
主人公たちは行く先々で命を狙われるのだが、その敵勢力の一つが白蓮教である。これは実在した浄土宗系の仏教結社なのだが、各地に強固な組織を持っていてしばしば時の政権に対して反乱を起こしてきた。
今回の陰謀の黒幕とも結託していて、梁興甫(りゅう・こうほ)という刺客を差し向けてくる。これがまた超人的に強い。アーノルド・シュワルツネッガー演じるところの『ターミネーター』みたいだなぁ、と思ったのは私だけではないだろう。
これとセットで現れるのが昨葉何(さく・ようか)という若い女性。いつも何か口に入れて食べてるという風変わりなキャラ。
この美女と野獣のコンビも、後半に入ると意外な運命の変転を迎えることになる。何がどう変わるかは読んでのお楽しみだろう。
中国大陸を1000kmも縦断すると聞いて、なんとなく馬に乗ってひたすら駆けていくイメージがあったんだが、意外にも主人公たちの主な移動手段は船。
中国南部は河川が多く、運河も縦横に作られていたようで、陸を行くより水上を進んだほうが遙かに早い。そういえば「南船北馬」って言葉があったよなぁ、って思い出したよ。
物語のテーマは皇位争いなのだが、根底には遷都問題が絡んでいる。朱瞻基の父である皇帝は北京から南京への遷都を計画している。それにはそれなりの理由があるのだが、首都が移転すると人の動き・ものの動きに大変動が生じてしまう。
首都を中心とした人流・物流を司り、それによって利益を得ている者は数知れない。それを既得権益と考えることもできるが、現にそれを生業にしている者からすれば遷都は死活問題だ。政治というのは多面的・多角的に考えていかなければ徒に民が苦しむだけになってしまう。
なに不自由なく育ってきたボンボンの朱瞻基は、苦難に満ちた旅路の中でそんな庶民の生活を知り、政(まつりごと)のあるべき姿を考えるようになっていく。これは彼にとって、次期皇帝になるための試練の旅路でもある。
新書で上下巻、合わせて900ページ超えという大作だが、そのほとんどに渡って危機また危機、一難去ってまた一難、という冒険活劇が延々と続いていく。
そして陰謀の首魁との対決というストーリー上のクライマックスが終結したあとに、もう一つ、こんどはミステリとしてのヤマ場が待っている。
何がどう謎解きされるのかはネタバレになるので書かないが、伏線もきちんと張ってあり、本書が「ハヤカワ・ミステリ」というレーベルから刊行されていたことを改めて思い出させる。
いろんなエンタメ小説の要素を併せ持つ、質・量ともに超大作と呼ぶにふさわしい作品だといえるだろう。
あとちょっと余計なことを付け加えるなら、中国では『銀河英雄伝説』(田中芳樹)が翻訳されて人気らしいのだけど、本書の作者もその影響を受けてるとみえて、ところどころ言い回しが『銀英伝』っぽいところがある。そんなところを見つけるのも一興かと思う。
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