アキレウスの背中




評価:★★★★

 東京で開催される国際マラソン大会。しかし参加予定の日本人選手の元へ脅迫状が届いた。大会がテロの標的になると考えた警視庁は特別チーム〈MIT〉を編成した。その班長となった下水流悠宇の奮闘を描くサスペンス。

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 東京で開催される国際陸連公認のマラソン大会WCCR(World Champions Classic Race)。招待選手は世界ランキング上位の30人、それに加えて大学生を含む国内外の有望選手10人、計40人が参加する。

 その一人である、スポーツメーカーDAINEX所属の嶺川蒼(みねかわ・あおい)選手のもとへ、参加を取りやめるようにとの脅迫状が届いた。

 国際スポーツ大会は利権と思惑の塊だ。メーカーにとっては新製品の性能を見せつける広告イベントであり、合法非合法を問わず賭博の対象でもあり、さらには開催国の威信を示す場ともなる。

 WCCRをテロ攻撃から護るべく、警視庁は特別チーム〈MIT〉(Mission Intergated Team)を立ち上げる。所属部署を横断して人材を集め、5つの班を編制した。


 主人公となる下水流悠宇(おりづる・ゆう)は29歳。警視庁捜査三課所属の警部補だったが、MITの一つを班長として率いることになった。
 悠宇は学生時代にフェンシングで頭角を現し将来を嘱望されていたが、怪我によって競技生活を断念、警察官へと転身した。母の影響で日本舞踊の師範の資格も持っているという意外な特技(?)があるのだが、残念ながら作中では彼女が舞うシーンはない。もし続編があるなら、ぜひ踊るシーンを描いてほしいものだ。

 彼女の部下となるのは警視庁捜査一課の本庶譲(ほんじょ・ゆずる)・28歳、警察庁警備部の仁瓶茜(にへい・あかね)・34歳、警視庁第一機動隊にいた板東隆信(ばんどう・たかのぶ)・31歳。

 この三人もそれぞれの事情があって、挫折を経験している。心に鬱屈や葛藤を抱えた寄せ集めチームが実行困難なミッションに挑む、というのは作者の『アンダードックス』に似たパターンではあるが、舞台も異なるし、なにより主人公が女性なためか、ややマイルドな雰囲気になっている。

 悠宇さんはいわゆる熱血警官ではないし、さりとて醒めているわけでもない。自分にMITの班を率いる器があるのかさえ疑問を感じているキャラだ。

 でもその代わり、任務に対しては一途だし、部下を護ることにも人一倍気を遣う。危険なところにも率先して突入していく。
 そんな彼女を中心に、下水流班は次第にチームとしての一体感を高めていくことになる。

 もう一つのストーリーの柱は、悠宇と嶺川の交流だ。過去にアスリートだった悠宇、いままさに頂点を目指している現役アスリートの嶺川。競技にすべてを賭けた(賭けていた)者だけに通じる思いを二人は共有していく。それは男女の恋愛感情とは別のものだ。

 私はスポーツにそこまで没頭した経験がないのだが、同じものに熱中した者同士に通じる共感というのは理解できるつもりだ。


 同じく女性が主人公である『リボルバー・リリー』のようなゴツゴツのハードボイルド・サスペンスを期待すると当てが外れる。パーフェクト・ソルジャーみたいな百合さんとは異なり、悠宇さんははるかに普通の人間に近い(笑)。でも、だからこそひたむきに前を向いて進んでいく悠宇さんに読者は親しみを感じるだろうし、応援したくなるだろう。

 なんとなく続編はなさそうな終わり方なのだが(実際、現在までに作者が書いたのはみな単発ものでシリーズものはない)、短編でもいいので悠宇さんに会いたいな。そのときはぜひ日本舞踊のシーンつきで(笑)。


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