評価:★★★★
探偵の父を持つ高校二年生の榊原みどりは、友人から依頼された調査をきっかけに探偵としての能力に目覚める。
十代から三十代までに彼女が遭遇した五つの事件を描いていく。
第75回(2022年)日本推理作家協会短編部門受賞作を含む連作短編集。
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デビュー作『虹を待つ彼女』以来、いくつかの作品にサブキャラとして登場している探偵・森田みどり(旧姓榊原)を主役にした連作短編集。
彼女の父はサカキ・エージェンシーという探偵事務所を経営している。本書は高校二年生だった17歳から、結婚・出産を経た33歳までの彼女を描いていく。
「イミテーション・ガールズ --- 2002年 春」
アンソロジー『2019 ザ・ベストミステリーズ』にて既読。
高校二年生に進級した榊原みどりは、クラスメイトの本谷怜(もとや・れい)から頼み事をされる。学年主任の英語教師・清田(きよた)のことを調べ、その弱みを握ってほしいという。同級生の松岡好美(まつおか・よしみ)から執拗な嫌がらせを受けている怜は、清田を動かしてそれを解決しようとしていたのだ。
父親が探偵事務所を経営しているみどりには、過去にも同じような依頼があったが、みな断ってきた。しかし伶の "脅迫" に屈し、依頼を受けいれることに。
翌日の夜、清田を尾行したみどりは彼がラブホテルに入るところを目撃する。そしてその直後、同じホテルに入っていったのは好美だった・・・
終盤、みどりの推理は事件の様相を一変させる。ミステリとしてもよくできてるけど、本作のキモは、みどりの中に眠っていた "探偵の資質" が目覚めていくところだろう。高校二年生にしてこれだけの "駆け引き" ができるなんて、まさに「栴檀は双葉から芳し」だ。
「龍の残り香 --- 2007年 夏」
調香師から香道の師範へと転じた君島芳乃(きみしま・よしの)。ある日、香道教室へ通ってくる京都大学の薬学部生・松浦保奈美が、龍涎香(りゅうぜんこう:マッコウクジラの結石。香料として高価で取引される)を持ち込んでくる。和歌山の海岸で拾ったのだという。
しかしその龍涎香が盗まれてしまう。犯人は芳乃ではないかと疑う保奈美は、友人の文学部生・榊原みどりに相談する。みどりは一計を案じるのだが・・・
芳乃を語り手とする倒叙形式で描かれる。私を含めて香道というものになじみがない人もいると思うが作中で丁寧に説明されるので困ることはない。
「解錠の音が --- 2009年 秋」
大学を卒業し、父の探偵事務所に入って二年目のみどりは、先輩の奥野とコンビを組んで仕事をこなしている。
笠井満(かさい・みつる)という男性がストーカー被害に遭っているという。相手は赤田真美(あかだ・まみ)。一ヶ月ほど同棲していた相手だ。
一週間ほど前、満の自転車が奇妙な被害を受けた。カギが外されて別の場所に移動され、タイヤはパンクさせられていた。しかし自転車自体は盗まれてはいない。単なる嫌がらせなのだろうか・・・
事件は意外な展開を見せて解決するが、エンディングがまた意表を突く。これはみどりさんというキャラの特異さを充分に印象づけるもの。
「スケーターズ・ワルツ --- 2012年 冬」
第75回(2022年)日本推理作家協会短編部門受賞作。
休暇で軽井沢を訪れたみどりは、カフェバーでピアノを弾く四十代の女性・土屋尚子(つちや・なおこ)と知りあう。尚子はみどりに、20年前のドイツでの物語を語り出す。
才能ある若い〈指揮者〉が〈ピアノ売り〉と恋に落ちた。二人で暮らし始めたとき、〈ピアノ売り〉は〈指揮者〉の生活があまりにも無頓着なのに驚き、それを立て直すべく奮闘を始める。汚れた部屋を掃除し、溢れた物品を整理整頓し、〈指揮者〉のために食事を作り始めた。その効果が現れ、〈指揮者〉は実力を発揮してプロオーケストラとの契約にこぎ着ける。しかしそれは悲劇の始まりだった・・・
尚子の話から、隠された真実を引き出してみせるみどり。ミステリ的には同工のネタを扱った作品も少なくないだろうが、それを悟らせない作者の巧みな語り口は群を抜いていると思う。日本推理作家協会賞受賞も頷ける傑作だ。
「ゴーストの雫 --- 20018年 春」
身体を壊して鳶職から探偵へ転職した女性・須見要(すみ・かなめ)は、先輩の森田みどりと組んで仕事に当たっている。今回の依頼人は大企業に勤める垣内健太(かきうち・けんた)。彼の妹・羽衣(うい)がリベンジポルノ被害に遭っているという。
相手の名は鈴木和也(すずき・かずや)。羽衣と三ヶ月だけ交際していたが、現在は行方不明。個人情報を上手く隠していてほとんど手がかりがない。要とみどりは懸命の調査を続けるがいっこうに足取りがつかめない。みどりは打ち切りを決めるが、諦められない要は独自に動き始めて・・・
高校二年生で探偵としての自分の能力に目覚めてから、みどりの人生は変わった。
目の前に謎があったら解かずにはいられない。人間がいたらその本性を確かめずにはいられない。それによって友人を失ったり、周囲の人間が傷ついたり、不幸になったりするのだが、わかっていても止めることができない。探偵としての能力が非凡なだけに、暴走したら行き着くところまでいってしまう。
なんともお騒がせな性分をもつみどりさんだが、最終話では人妻になり母親になり、ちょっと変わってきているのかも知れない。なにより要さんと出会ったことが大きい。
みどりさんの物語はまだ続いてる。彼女を主役にした第二短編集『彼女が探偵でなければ』が昨年刊行されているので、文庫になったら読みます(笑)。
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