評価:★★★
物理学者・ハント博士のもとに入ってきた通信は、並行世界(マルチヴァース)に存在する自分からのものだった。直ちに地球人と異星人テューリアンは、マルチヴァース間の時空間移動の研究に着手する。
一方、かつてテューリアンに対する反乱に失敗して逃亡し、5万年前の太陽系に迷い込んだジェヴレン人たちは、再起を目指して惑星ミネルヴァの政治状況への介入を図ろうとしていた・・・
月面で発見された、宇宙服を着た人間の死体。しかしその死亡推定年代は5万年前だった・・・という『星を継ぐもの』から始まるシリーズ、その最終巻。
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月面で宇宙服を着た人間の死体が発見される。そこから5万年前の太陽系に惑星ミネルヴァが存在したことが明らかになり(『星を継ぐもの』)、異星人ガニメアンとのファーストコンタクトがあり(『ガニメデの優しい巨人』)、2500万年前に太陽系を去ったガニメアン(テューリアン)との交流が始まり、地球人と先祖を同じくするジェヴレン人との架空戦争に勝利する(『巨人たちの星』)。さらに情報空間内の仮想世界との接触(『内なる宇宙』)を経て本作に至る。
執筆で云えば1977年から2005年まで28年かかっているのだけど、作中時間では、月面での死体発見が2027年、本作がその6年後(2033年)という設定だ。主人公ハントの年齢も30代半ばからはじまり、今作でも40そこそこと云うところだろう。
本書は二部構成になっている。
「第一部 マルチヴァース」
ある日、主人公・ハント博士のもとに入ってきた通信は、並行世界(マルチヴァース)に存在する自分からのものだった。
マルチヴァースの存在が明らかになったことから ”量子力学の多世界解釈” が証明され、しかも並行世界間での物質の移動・情報通信が可能であることも判明する。
ハントたちの地球人チームは異星人テューリアンとともに、マルチヴァースへの時空間移動の研究に着手することに。
その研究過程では、並行世界から紛れ込んだキャラクターが登場し(要するに同じ人物が複数現れたりする)、ちょっとしたドタバタ騒ぎも起こったりする。
結果的に研究は完成するのだが、向かう目的先の世界は5万年前の太陽系に設定される。
結果的に研究は完成するのだが、向かう目的先の世界は5万年前の太陽系に設定される。
第三作『巨人たちの星』のラストでは、反乱に失敗したジェヴレン人の一派が、逃亡中に時空の歪みに囚われて5万年前の太陽系に迷い込んだことが分かっていた。
ひょっとして、惑星ミネルヴァの破壊は彼らの介入によるものではないのか? 彼らの影響を排除すれば、人類にはまた異なった未来があったのではないか?
それを確認すべく、ハントたちはマルチヴァースの壁を越えていく。
「第二部 ミネルヴァへのミッション」
5万年前の太陽系で実体化したジェヴレン人反乱軍艦隊。リーダーのブローヒリオは、惑星ミネルヴァにおける二つの国家セリオスとランビアの対立を煽り、最終的にミネルヴァの支配を目論んでいた・・・
異星人テューリアンには、弱肉強食の生存競争を経て、過去に多くの戦争を引き起こしてきた歴史をもつ地球人に対する懸念があった。
ファースト・コンタクトを果たした今、彼らは猛烈な勢いでテューリアンの科学技術を吸収している。このまま進んだら、地球人はテューリアンにとって深刻な脅威となるのではないか?
その一方、第三作において、地球人の長い野蛮な歴史の陰には、ジェヴレン人の暗躍があったことが明らかになっていた。
そのすべてが5万年前のジェヴレン人の太陽系出現に端を発していたのならば、その原因を排除すれば、地球人の本来の進歩の様相が明らかになるのではないか?
言葉は悪いが「地球人の本性を確かめる」、テューリアンたちから見ればそういう意味ももつマルチヴァース移動実験だった。
そして他の時間線のマルチヴァースで行う限り、テューリアンにとっても地球人にとっても、自分たちの世界には影響を及ぼさない。つまりタイムパラドックスを伴わない歴史介入シミュレーションともなりうるものだった。
・・・と書いてはきたが、本書は文庫で540ページあまりあるのだが、移動実験が成功するまでの第一部だけで約310ページもある。並行世界の壁を越えるための理論の説明や実験の様子が描かれていくのだが、ちょっと冗長かつ難解に感じる部分もある。
多世界の人間が出現するあたりは喜劇的でもあり、ラストへの伏線と取れなくもないのだが、それでも読んでいてちょっとしんどかったのは告白しておこう。
第二部に入ると、冒険要素も出てくるので読むスピードも上がったが・・・
普通のタイムトラベルものと異なるのは、ハントたちが向かう世界が並行世界の一つに過ぎないこと。この世界でのブローヒリオを排除しても、他の無数の並行世界では、やはり無数のブローヒリオが策謀を巡らせていることだろう。
もちろん、ブローヒリオが現れない世界も存在するだろう。少しでも可能性があれば、その世界はすべて存在するのが多世界解釈だから。
ハントたちにとっては、この世界の運命の変化はあくまでも実験結果のひとつに過ぎない。だからなのか、ブローヒリオたちを排除するシーンには派手な演出はなく、いかにも並行世界を扱ったSFらしい解決となっている。
冒険要素を期待しているとちょっと当てが外れるが、作者としてもそういう活劇メインで書いているつもりはないのだろう。
まあホーガンらしいと云えばらしいんだけど、本書が長いこと邦訳されなかったのも、そんなストーリーが理由の一つだったのかも知れない。
本作を発表した5年後の2010年にホーガンは亡くなるので、本書がシリーズ最終巻ということになる。一作ごとに完結させながら、次巻では作品世界を拡張させて新たなセンス・オブ・ワンダーを紡いでいく。これを5巻にわたって続けてきたホーガンは、やはり非凡なSF作家なのだと思う。
欧米では今ひとつ人気がなかったみたいだけど、日本の読者にはホーガンの作風がマッチしたのか、本シリーズを含め、よく売れた。私もホーガンの作品で大いに楽しませてもらった。
本書も傑作かと言われたらちょっと考えてしまうが、懐かしいキャラが多数登場するので、シリーズのファンにとっては読み逃せない作品だろう。
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