評価:★★★
1949年に作家ジョージ・オーウェルが発表したディストピア小説『1984年』。1949年にとって1984年は近未来だった。ならば、2020年代の現在からみて近未来はどんな世界になっているのか? SF作家23人が「2084年」(1984年の100年後)をテーマにして書き下ろしたアンソロジー。
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タイトルの前につけられた記号の意味は、私の評価です。
★:こういう話は好きだ
☆:まあ嫌いではない
△:好みではありません
▲:そもそも話の内容がよく分からないので・・・
以下の文章は、主に各作品の冒頭に掲げられた紹介文を引用しています(一部、私の文章もあります)。
☆「タイスケヒトリソラノナカ」(福田和代)
突如として病院から消えた、一人の患者。その患者は、仮想空間に没入できるヘッドセット「羽衣」をかぶって引きこもっていた、羽衣依存症の患者だった。事件を担当することになった80歳近い刑事の真鶴(まなづる)は、現実からは辿りきれない患者の足取りを掴むため、仮想空間内で捜査を開始する・・・
△「Alisa」(青木和)
健康管理や服装選びなど、様々なサポートを行ってくれるAIアシスタントネットワーク「Alisa」。お店の決済端末など社会の隅々まで入り込んだシステムとして、人々の生活に欠かせないものとなっていたが、ある日突然不調を起こし始めた・・・
△「自分の墓で泣いてください」(三方行成)
仮想空間ならぬ仮「葬」空間。たくさんの葬儀が行われているその一角に、とある存在が現れ、周囲を渾沌の渦へと突き落とす。また別の奇妙な存在がそれを迎え撃つなか、主人公のバンシーはその場を逃げだそうとするが・・・
★「目覚めよ、眠れ」(逢坂冬馬)
人類が到達した「無眠社会」。それは人が起きたまま睡眠できるようになり、圧倒的な生産性を手に入れた社会。しかし、そんな世界のなかで一人、主人公のリオはシステムに適合できず、睡眠せざるを得ないという問題を抱えていた。死にたいと願うリオだったが、夢に出てくる謎の人物と出会い・・・
☆「男性撤廃」(久永実木彦)
すべての男性が冷凍保存された世界。男性の「解凍」を主張するデモ集団と、男性の「殺処分」を主張するデモ集団の間を通り、「男性を知らない世代」の惣木(そうき)は職場へ向かう。惰性冷凍保存庫のシステムを監視する仕事に携わる彼女だったが、そこで障害が発生して・・・
▲「R__R__」(空木春宵)
拍動(ビート)が取り締まられるようになった奇妙な社会。主人公は路面電車のなかで、こっそりとビートを刻む謎めいた少女と出会う。彼女に日常を一変させられた主人公は、ひっそりと世界への反抗を試みるようになる・・・
★「情動の棺」(門田充宏)
バーで起こる衝撃の事件。しかしそれを眼前で見た天羽真白(あもう・ましろ)は微動だにせず、落ち着き払っていた。有害事象捜査官の取り調べに対し、天羽真白は自らの身の上を語り始める。情動をコントロールできる技術が普及した世界で、はたして家族のあり方はどう変わったのか・・・
☆「カーテン」(麦原遼)
誰しもなにか、むかし持っていた感覚を失ったことを感じたという経験があるのではないだろうか。たとえばそれは思春期の全能感が成長とともにパタリと途切れた瞬間だったり、ハマっていた音楽に突然ときめきを感じなくなってしまったり、そういうことだ。
研究者だった主人公は、32年間の冷凍睡眠を経て目覚めると、数学に関して持っていた感覚を失っていた・・・
★「見守りカメラ is watching you」(竹田人造)
老人ホームに入居している92歳の「佐助」。長い間子どもと会えていない佐助は、子どものことを想うあまり、施設からの脱走を試みる。しかし施設は警備ドローンや介護ドローンの管理する、難攻不落の要塞だった・・・
★「フリーフォール」(安野貴博)
思考加速技術が普及した世界。主観思考速度をとんでもなく加速させた主人公は、量子ネット上のワールドで友人のカルロスとチェスに興じていた。そんな彼に、恋人からの連絡が届く。彼女は実世界、実時間で暮らす普通の人間。二人は主観時間のズレを超えて会話する。しかしその会話で彼は、彼女に別れを告げなければならなかった。
なぜ彼は思考を加速させているのか。そしてなぜ彼は彼女との会話がこれで最期と考えているのか・・・
☆「春、マザーレイクで」(桜木みわ)
未来の琵琶湖に浮かぶ島で自給自足の生活を営んでいる主人公たち。そこは風力発電や太陽光発電を利用し、安全で快適な生活ができる天国のような場所だった。ある日、主人公は図書室で『1984年』を手に取り、自分たちの島について考え始める・・・
★「The Plastic World」(揚羽はな)
海洋プラスチック汚染を解決するために導入された、プラスチック分解細菌。しかしそれは開発者の意図を超えて大幅に広がり、地球上のすべてのプラスチックが分解されるようになってしまった。プラスチックに依存してきた人類文明は瞬く間に崩壊。日本政府は大都市を解体し、地方で自給自足の生活を行うことを推奨する移住計画を発表する・・・
△「祖母の揺籠」(池澤春菜)
三十万人の子どもたちと海で暮らす、クラゲのようなかたちをした「祖母」。ある日、子どもたちと一緒に古い潜水艇状の物体を発見した彼女は、それを見て過ぎ去った過去を思い出す。世界はなぜこうなったのか、そして彼女はなぜ「名前のない祖母」となったのか・・・
▲「黄金のさくらんぼ」(粕谷知世)
何気ない気持ちで光学器械の博物館に立ち寄った主人公。そこで彼は白髪の館長に勧められ、自分が生まれるよりも前に世界的に流行していた記録デバイス「サクランボ」に残されていた保存映像を閲覧することになる。それは、装着者の見た景色や聞いた音声を記録・再生できる装置であった・・・
☆「至聖所」(十三不塔)
夭折の天才スター、異相(いそう)きあろ。彼女は死ぬ前に、死後すぐに脳をスキャンして記憶を人に譲渡することを決めていた。記憶修復家の角南(すなみ)は、異相きあろのファンだったという部下の真淵とともに、彼女の生前の記憶の正確な復元を試みる。記憶の断片を突き合わせ、異相きあろが訪れた場所を取材した先に見えてきた真実とは・・・
▲「移動遊園地の幽霊たち」(坂永雄一)
「実際には存在しないヴァーチャルな弟」と街を抜け出した「君」。放棄された区画を進む彼らが探しているのは、一台のトレーラートラックだった。
ヴァーチャルばかりになった社会のなかで、トラックは珍しくリアルな存在を載せているという。果たしてそのなかには何があるのか。そして、「君」に拾い上げられた頭蓋骨の「私」とは何者なのか・・・
△「BTTF葬送」(斜線堂有紀)
1984年に公開された映画の上映会に訪れた主人公・矢羽は、そこで同じ映画好きの町川と出会う。二人はそれぞれ並々ならぬ想いを持って、100年前の映画を観に来たのであった・・・
タイトルのBTTFとは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(Back to the Future)のこと。
★「未来への言葉」(高野史緖)
地球と月の間で荷物を輸送する運び屋の主人公は、ある日、可能な限り早く積荷を届けてほしいという依頼を受ける。それは、18時間以内という厳しいリミットを化せられた依頼だった。
AIによる自動操縦が基本になった世界でも、人間の運び屋は必要なのだ・・・
△「上弦の中獄」(吉田親司)
中国が地球を統一した世界を描く改変歴史SF。主人公の揚(イァン)は、別れたパートナーの男性・周(ジョウ)からとある情報を聞き出すため、月面都市「天成都(ティエンチァンドゥー)」を彷徨する・・・
★「星の恋バナ」(人間六度)
BBと呼ばれる巨大怪獣と戦う人類の兵器、全長26kmの巨鋼人ガイアント。実はその正体は、身長175センチの女子高生の高子(タカコ)であった。高校の先輩から伝えられた一言を反芻しながら、高子は今日も戦いに赴く。BBについては謎が多いが、最悪の想定としては、BBを倒せないと外宇宙の彼らの仲間が来て、地球が食い尽くされてしまうかも知れないのだ・・・
▲「かえるのからだのかたち」(草間原々)
きみのからだのかたちがかえるになる歴史。まず、火星にやってきた植民者の人々が、溶岩チューブの奥底に住み着く。しかし彼らは一世代も経たないうちに死んでゆく。そこから、「わたし」は植民都市へと変わっていく。そして・・・
かえるの幹細胞を材料とし、それをシミュレーションの設計にあわせて再配置していくことで作り出された「生きているロボット」の話、のようだ(笑)。
△「渾沌を掻き回す」(春暮康一)
火星と金星のどちらがテラフォーミングにふさわしいのかが競われた時代。火星滞在期間の最期を迎えた〈わたし〉とカレンは、着陸船〈鶺鴒(せきれい)〉に乗り、火星へのテラフォーミング用の空爆を観察する計画を立てていた。神の如き惑星改造テクノロジーの強大な破壊力を目にした二人だったが、そこで事件が勃発する・・・
▲「火星のザッカーバーグ」(倉野タカシ)
2084年の火星の状況を様々なパターンで描き出した短文が、ひたすら羅列されたもの。
これは評価に困る。
なにせ23編も収録しているので、一編あたりの長さが文庫で20~30ページほど。それでも各作家さんの個性が全開された、バラエティ豊かな短編集ではあると思う。
それぞれが描く23通りの「2084年」は、大まかに3系統に分かれるように思う。
(1)なかなか難儀な世界だけど、希望もほの見える系
(2)あまり救いがなさそうな、ちょっと絶望系
(3)私の理解を超えていて評価しようがない系(笑)
どの作品がどの系統の未来を描いているかは、ここでは書かない。
興味がわいたら読んでみていただきたい。
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