ハロー・ワールド

SF


評価:★★★☆

 インターネットの自由を脅かす行為に、知識と技術で立ち向かうITエンジニア・文椎泰洋を主人公にした連作短編集。

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「ハロー・ワールド」

 ITエンジニア・文椎泰洋(ふずい・やすひろ)が作成したWeb広告ブロックアプリ〈ブランケン〉が、突如インドネシアで売れ始めた。
 その理由を調べ始めた文椎たちは、iPhone のセキュリティホールを悪用した陰謀に気づくのだが・・・


「行き先は特異点」

 ドローン販売の営業のためにアメリカへ出張した文椎。自動車でロスアンゼルスからラスベガスへ向かう途中、追突事故に巻き込まれて立ち往生してしまう。相手は Google が開発中の自動運転の実験車だった。
 その現場近くには、ドローンが配送したと思われる amazon の小包が放置されていた。さらにそこには別の貨物を抱えた配送ドローンが現れて・・・


「五色革命」

 バンコクへ出張していた文椎は帰国の日を迎えるが、タイの反政府デモに巻き込まれてしまう。泊まっていたホテルは学生民主戦線を名乗る若者たちに制圧され、文椎は所有していたドローンを接収されてしまう。しかし、それをうまく使いこなせない学生たちから協力を求められることになるのだが・・・


「巨像の肩に乗って」

 2020年3月、突然 twitter が中国で使えるようになった。twitter 社の CEO が中国政府による検閲を受け入れたためだ。
 文椎はこの知らせに愕然とする。「インターネットは自由でなければならない」と信じる文椎は、twitter のクローンソフトの〈マストドン〉に強力な暗号化を施し、新たに〈オクスペッカー〉という名で立ち上げた。賛同するプログラマによる改良も経て公開された〈オクスペッカー〉は、たちまち10万人のユーザーを集めるのだが・・・

 ちなみに本書の刊行は2018年なので、「2020年に twitter が中国の検閲を受け入れた」というのはフィクション。〈マストドン〉は実在するオープンソース・プログラムで、ドイツ人のオイゲン・ロチコによって2016年に作られたもの。


「めぐみの雨が降る」

 文椎は〈オクスペッカー〉を維持するために、生活の拠点をホーチミンに移した。仮想通貨セミナーへの参加のためにクアラルンプールを訪れた文椎は、呉紅東(ウー・ホンドン)と名乗る中国人に拉致されてしまう。
 自分たちに協力すれば、中国の公安当局に掛け合って〈オクスペッカー〉を ”政治的に中立な道具” だと認めさせると呉は云うのだが・・・


「ロストバゲージ」

 「めぐみの雨が降る」の後日談。文庫で12ページほどのボーナストラック。
 中国吉林省が主催する暗号通貨の開発会議に招かれた文椎は、長春(チャンチェン)の空港に降り立つ。しかし手荷物が見つからないために、その場で一夜を明かすことになるのだが・・・


 作者自身もソフトウェア会社に勤務する傍ら小説を執筆している。主人公の文椎にはかなりの割合で作者自身が投影されているようだ(作者自ら本書を「私小説」と呼んでいると巻末の解説にはある)。

 正直なところ、IT関係の技術的な描写には、読んでいて理解できない部分もある。だからといって本書の面白さが損なわれるわけではない(もちろんIT系の知識が豊富な人はさらに楽しめるのだろうけど)。

 文椎自身がIT技術へ信頼と希望を抱き、それを護るべく奮闘しているのは充分にわかるし共感できるものだ。

 インターネットが普及すれば誰でも情報を発信でき、世界は国境を越えて見通しがよくなり、少なくとも情報に関しては平等な世界になる、と思われていた時代もあった。

 でも昨今のニュースを見る限り、国家や組織から個人に至るまで、自分に有利になるようなフェイクニュースを垂れ流し、人々は分断されていくばかり。
 なんとも先行きが暗い時代になってしまったと思う。しかもそれがここ数年で起こったという急展開。

 でもまあ、劇的な変化が数年で起こったと云うことは、この先数年後の世界もまた予測できないくらい激変するのだろう。

 少しでもいい方に変わってるといいんだけどね。


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