人間たちの話





評価:★★★☆

 「人間」をテーマにしたSF短編集、なのだけど、たいていの小説は人間を描いているので改めて「人間」を強調するのはどうなのだろう、とも思った(おいおい)。
 でも読んでみると、確かに「人間」を強調したくなるのも分かる作品集だった。

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「冬の時代」

 タイトル通り、”冬” の時代を迎えた地球。無人の雪原へと変貌した日本列島を徒歩で南下していく青年エンジュと少年ヤチダモ。二人が遭遇する出来事を綴っていく。
 駿河湾沖まで流氷が来てるという描写があるし、南へ行っても暖かい地方が残ってるのか判らないらしい。氷河期と云うより ”スノーボールアース” に向かってるんじゃないかというくらい凍結した世界が続く。そんな中で二人が出会う、謎の男。
 滅びに向かいつつある世界の無常と、それでも過酷な環境に適応して生き残る人間の強かさ、その両方を感じる作品。


「たのしい超監視社会」

 三つの全体主義国家に分断された世界。その一つ、イースタシアで暮らす大学生・薄井澄人(ウスイ・スミト)が主人公。イースタシアの住宅にはすべて監視カメラが設置され、映像は全国民に開放されている(!)ので、自分の生活が誰にでも覗かれてしまう代わりに、誰の生活でも覗くことができるという ”超相互監視社会” が実現している。
 少子化対策のために政府によって男女交際が義務化され(おいおい)、困った薄井は大学のクラスメイトの枝真野(エマノ)に頼んで交際成立したことにするのだが・・・
 さぞかし陰鬱な世界だろうと思うのだが、生まれつきそういう社会で暮らしてきた者は案外適応していて、それなりに楽しげに暮らしている様子が描かれる。基本的にコミカルに進むのだが、それはそれで怖い話でもある。


「人間たちの話」

 火星で発見された岩石サンプルがメタンを生成していることが明らかになった。火星大気中の二酸化炭素と水が岩石内部の有機低分子の触媒作用でメタンに変化し、岩石内の多孔質の小部屋が細胞のように半独立した化学系を形成している。
 主人公である新野境平(しんの・きょうへい)を含む科学者チームは、それを ”生物” として認めてもらうことを目標に国際学会で発表をすることになった。
 それと並行して、境平と彼の甥(姉の子)である累(るい)との同居生活が描かれる。失踪した姉に変わって累を養育することになったが、当の境平自身がなかなかユニークな価値観を持っていて(本作の冒頭では彼の幼少期からのエピソードが紹介される)、累との風変わりな接し方も本作の読みどころ。
 作者独自の定義による「宇宙生命とのファーストコンタクト」が描かれる。”生命定義の拡張” は将来起こりうる事態だと私も思う。
 SFの世界では炭素ー窒素系(アミノ酸を基盤とする)生命以外に、いろんな生命体が登場する。炭素の代わりにケイ素を主体とする生命体とか、水の代わりに液体アンモニアを体液とする生命体とか、フッ素や塩素を呼吸する生命体とか、果てはガス生命体とかプラズマ生命体なんてのも出てきたりする。
 本書はその中では地に足の着いた(?)宇宙生命を扱っていて、リアリティがある作品だろう。だけどそれよりも、累の生い立ちの方に意外性を感じてしまった。


「宇宙ラーメン重油味」

 地球人が銀河連邦に加盟し、異星人と交流交易が盛んになった時代。太陽系外縁部にある小惑星ヤタイにある〈ラーメン青星〉。「消化管のあるやつは全員客だ」をモットーに、地球人の店主とロボットの店員が切り回す店には様々な異星人がやってくる。そこにある日、全長8kmにも及ぶ巨大生物がやってきて・・・
 あとがきによると、もともとはマンガの原作として構想されたが小説として日の目を見た作品とのこと。雰囲気もギャグ漫画そのままのノリで楽しい。


「記念日」

 誕生日を迎えて30歳となった日、”僕” がアパートに帰ったら直径3mくらいの ”石” が部屋の中に鎮座していた・・・という出だしから始まる。たいていの物事には動じない”僕”(これはこれですごい性格だが)と ”石” との、奇妙な同居生活が始まるという話。
 なし崩し的に ”石” が ”僕” の生活の一部になっていく過程がなんとも奇妙。語り口は穏やかだが、かなり不条理なシチュエーション。この手の小説は久しぶりに読んだ気がする。


「No Reaction」

 ”僕” は透明人間。誰にも見えないのはもちろん、声を出しても誰にも聞こえない。
 物理法則も一部適用されない。例えば人にぶつかると、”僕” は跳ね飛ばされるが相手は ”僕“ にぶつかったことさえ気がつかない。
 ”僕” は中学生くらいの年齢なので、毎日中学校に通って教室にいる。なぜかというと、好きな女の子がいるからだ。でも当然ながら、彼女は ”僕” に気づかない・・・
 作者はこれを書いたことをきっかけに、商業作家になることを考え始めたらしい。


 作者は生物系の研究者を経て専業作家になったようだ。読んでみるといかにも理系らしい言い回しが随所にある。かと言って堅苦しいこともなく、ほどよいユーモアにくるまれていてすいすい読める。

 作者のX(旧twitter)を覗いてみたら、なかなか面白い。視点や価値観が常人とはちょっと異なるみたいで、独特な文章が並んでる。まあこういう感性がないとSF作家にはなれないのかな、とも思った。これからちょっと注目してみたい。


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