喧噪の夜想曲 白眉編 vol.1 & vol.2





評価:★★★

 日本推理作家協会が2016~18年に発表された短編ミステリから30編を選び、15編ずつ単行本二冊に収録した。そしてそれぞれが二分冊で文庫化され、全四冊になった。
 前半二冊は『沈黙の狂詩曲 精華編 vol.1&2』。これについては既に記事に書いてる。今回は後半の二冊についての記事。
* * * * * * * * * *

【vol.1】

「手から手へ、今」(赤川次郎)
 飯田周一(いいだ・しゅういち)は陸上の国際大会のリレー決勝で、バトンを落としてメダルを逃してしまう。父親の啓一(けいいち)は息子のことを揶揄った男を殴って傷害致死となり、刑務所へ。しかし仮出所した啓一が何者かに殺された・・・
 作者のデビュー作『幽霊列車』に登場した女子大生・永井夕子(ながい・ゆうこ)と宇野(うの)警部が登場する。この作品世界は ”サザエさん時空” のようで、夕子さんは1978年の初登場以来40年経ってもまだ大学生なのだね(笑)。

「春の作り方」(芦沢央)
 連作短編集『僕の神さま』にて既読。
 祖母が造った桜の塩漬けが入った瓶を割ってしまった「僕」。毎年、祖父は祖母が造った桜の塩漬けを使った ”桜茶” を楽しみにしていた。でも祖母は昨年の夏に亡くなってしまっていた。
 祖母が造るのを横で見て、作り方を覚えていた「僕」は、クラスメイトの水谷(みずたに)くんの協力を得て桜の花を入手し、桜の塩漬けの ”再現” に成功するのだが・・・
 これは連作第一話。ほのぼの系日常の謎ミステリなんだが、続きを読んでいくとだんだん不穏な雰囲気に。

「居場所」(天祢涼)
 アンソロジー『新鮮 THE どんでん返し』にて既読。
 若い女性の脚に異様な執着を示す八木は、援助交際で知り合った女子高生を殺してしまって逮捕される。刑務所を出てからも、その前科ゆえに仕事を転転としている。
 そして今、彼の関心の対象は女子高生・マナ。悶々とした思いを抱えて彼女の後を追い回している八木の前に謎の男が現れ、こう提案する。
「いっそのこと、彼女のスカートの中を盗撮しませんか?
 そしてあなたが警察に捕まるまでの一部始終を撮影させてください」
 この後の展開は意表を突くもので、ミステリ的にはよくできてるとは思うが、八木がとにかく哀れ。

「川の様子を見に行く」(太田忠司)
 辛口で知られるミステリ評論家・佐野知久(さの・ともひさ)は、久方ぶりに故郷の村へ帰ってきた。子どもの頃に世話になった友岡八千代(ともおか・やちよ)を訪ねるが、彼女は既に亡くなっていた。
 そこにいたのは八千代の妹の孫の仙洞(せんどう)、そして ”遺品博物館の学芸員” と名乗る吉田(よしだ)という男。彼らとの会話の中で、次第に佐野の秘められた過去が暴かれていく・・・
 最期まで読み終わると、タイトルが実に秀逸だったことに気がつく。

「降っても晴れても」(恩田陸)
 ”私” が通うカフェの前を、週に二回通るその男性は、天気に関係なく毎回傘を差していた。店員たちは彼を ”日傘王子” と呼ぶ。しかし、ある時から彼が姿を見せなくなった。数日後、彼の友人と名とる青年がカフェを訪ねてくるが・・・
 いわゆる日常の謎ミステリなのだが、”日傘王子” が晴天でも傘を差すに至った理由は予想外に重いものだ。

「論リー・チャップリン」(呉勝浩)
 勝(まさる)は与太郎(よたろう)の息子で13歳である。ある日突然、勝が「金をよこせ」と言い出した。「くれなければコンビニに強盗に入る」
 切羽詰まった与太郎は、勝に反論し説得するために、友人の伝手を辿って YouTuber に相談に行くのだが・・・
 作者には珍しいコメディだけど、ミステリ的なオチもきちんとある。

「シャルロットと猛犬」(近藤史恵)
 ”わたし” は、元警察犬のジャーマンシェパードを飼っている。名前はシャルロット。あるとき、近所の家からシャルロットを番犬として借りたいとの申し出があった。断ったところ、その家は土佐犬の血が入った猛犬を飼い始めたのだが・・・
 犬を借りようとした理由がとんでもないのだが、犬にとっては迷惑な話だろう。

「永遠に美しく」(知念実希人)
 総合病院の統括診断部の外来に訪れた女性は、意外なことを言い出す。寡婦となった母に鍼灸師の恋人ができ、彼の ”施術” によって母が若返り始めたのだという。確かに最近の写真を見ると、明らかに若返っているのだが・・・
 天才女医・天久鷹央(あめく・たかお)が活躍するシリーズの一編。作者は医師なので、”若返り” にもきちんと合理的な説明がなされるが、真相はかなり意外で恐ろしいもの。レギュラー・メンバーの掛け合いも楽しい。

【vol.2】

「巨鳥(きょちょう)の影」(長岡弘樹)
 缶詰工場の事務所が荒らされ、現金が盗まれた。アルバイトで働いていたスペイン人エルナンドに容疑が掛かるのだが・・・
 タイトルの意味はラストになって分かるのだが、これは事前に見当がつく人いるんだろうか?

「兄がストーカーになるまで」(新津きよみ)
 23歳の七海(ななみ)は、33歳の兄・仁(ひとし)に知人のゆり子を紹介する。彼女を一目で気に入った仁は、ゆり子の勤務先までのぞきに行ったり、生活パターンを知りたいと言い出したり・・・
 タイトルに誘導されるストーリーを想像していると、背負い投げを食わされる。

「陽奇館(仮)の密室」(東川篤哉)
 奇術界の大御所・花巻天界(はなまき・てんかい)が絞殺された。現場は花巻が建設中の ”陽奇(ようき)館” の一室。しかもそこは密室状態だった。花巻に招かれた四人の男女を前に、名探偵・四畳半一馬(よじょうはん・かずま)の推理が冴える・・・はずなのだが、作者のことなのでコメディ要素満載だ。
 密室トリック自体はバカミスに類するもので、似たようなものを大昔に読んだような気もするのだが、喜劇にはふさわしい仕掛けだ。

「追われる男」(東山彰良)
 ホテルマンの富岡(とみおか)は博奕で身を持ち崩し、ヤクザが起こした誘拐事件の身代金を横取りして現在逃走中だ。ヤクザたちは、金を返さなければ富岡の妻子の命を奪うと云ってくるのだが・・・
 サスペンスのようなハードボイルドのような。この手の話は、ちょっと私の好みとは合いません。

「見張り塔」(深緑野分)
 ”僕” は仲間たちとともに「見張り塔」で敵を見張っている。一日に三人くらい敵兵を見つけ、それをライフルで撃つ。しかし配置換えで次第に人員が減っていく。
 やがて ”僕” は上官から特別任務を命じられるのだが・・・
 戦争状態の中での非合理的な日常。1970年代の日本SFにはこんな感じの不条理小説が多くあったような記憶があって、ちょっと懐かしい気も。

「動機なし」(前川裕)
 警視庁捜査一課のOBである市村雄三(いちむら・ゆうぞう)は、雑誌の対談に招かれる。テーマは「完全犯罪」。対談相手は犯罪心理学者の高倉孝一(たかくら・こういち)。完全犯罪の条件は、通り魔殺人のような ”動機のない犯罪” だ、と市村は云うのだが・・・
 動機がないようにみえても、実はあった、というのがこの手のミステリの定石だけど、昨今の世相を見ているとあながちそうとも云えないような気がしてくる。

「守株」(米澤穂信)
 ”私” の家から駅へ向かう途中に崖がある。崖の下はゴミ集積所になっているのだが、なぜか崖の上の方に消火器が置いてあった。落ちて人に当たったら大怪我をしかねない。
 片付けようと手を伸ばしたこともあったが、そのとき見知らぬ女性から「何をしているんですか」と声を掛けられ、すっかり縮み上がって逃げてきた。それ以来、消火器はそのまま放置されているのだが・・・
 文庫で20ページにも満たない商品でありながら、人のもつ潜在的な悪意の恐ろしさを描き出す。流石だ。




この記事へのコメント