評価:★★★★☆
暴行で逮捕された男はスズキタゴサクと名乗った。自称49歳、冴えない服装でいがぐり頭には10円ハゲ。その男が取調室で不穏なことを言い出す。
「秋葉原で10時に何かあります」
その言葉通り、秋葉原の空きビルの三階で爆発が起こる。
「これから三度。次は一時間後に爆発します」
”ただの霊感” だととぼけてみせるスズキタゴサク。しかし彼こそ爆破事件の張本人と見なした警視庁は特殊犯捜査係を彼の取り調べに宛て、情報引き出そうとするのだが・・・
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自称スズキタゴサク、49歳。酒に酔って自動販売機を蹴り、店員に暴行を働いて野方署(東京都中野区)に逮捕された。
ビール腹を抱えた、いかにも冴えない外見の中年男。いがぐり頭の後頭部には10円玉より大きなハゲまである。そんなスズキだが、取調に当たった刑事・等々力(とどろき)に対して不穏なことを言い出す。
「秋葉原で10時に何かあります」」
その言葉通り、秋葉原の空きビルの三階で爆発が起こる。
スズキはさらに云う。
「これから三度。次は一時間後に爆発します」
”ただの霊感” だととぼけてみせるスズキこそ爆破事件の張本人と見なし、警視庁は特殊犯捜査係の清宮(きよみや)とその部下・類家(るいけ)を野方署に派遣し、彼から情報を引き出そうとする。
特殊犯捜査係は誘拐や立てこもりといった現在進行形の事件を専門に扱い、交渉や駆け引きの訓練を積んだプロフェッショナルだ。
特殊犯係の投入によってスズキの取り調べから外された等々力だったが、スズキが清宮との会話の中で ”ハセベユウコウ” という名前を出したと聞いて驚く。
長谷部有孔はかつて等々力の同僚だった刑事で、四年前に ”不祥事” を起こして退職、その三ヶ月後に自殺していた。等々力はスズキと長谷部の接点を探り始めるが・・・
取調室におけるスズキは実に饒舌だ。本書は文庫で500ページほどあるのだがその大半はスズキとの会話シーンで占められている。
質問に対してはのらりくらりと受け流し、肝心なことは全く漏らさない。爆弾の在処についてクイズ形式のゲームまで提案してきて、捜査陣を翻弄していく。
”ああ言えばこう言う” スズキなのだが、それでいて彼の言葉には、聞く者の心に突き刺さる ”毒” が籠もっている。誰もが持っている心の暗部を、スズキの言葉は実に巧みに ”刺激” してくるのだ。
彼の言葉は彼にとって最強の武器だ。相手の心を揺さぶり、操ろうとする。彼と対峙し続ける者たちは、いつのまにか彼の術中にハマっていくことになる。
一方で、取調室の外で苦闘する捜査員の姿も描かれていく。
長谷部有孔を追う等々力、爆弾を探して奔走する交番勤務の警官・倖田紗良(こうだ・さら)、その同僚の矢吹(やぶき)。彼らもまた事前にスズキが仕掛けていた ”罠” に翻弄されていく。
そんな圧倒的な存在感を示すスズキの物語が、転回点を迎えるのは中盤過ぎ。清宮に代わって類家がスズキと向き合うことになってから。
この類家というのもなかなか強烈なキャラクターで、スズキという ”怪物” に対抗するには、彼のような極端な変人(ある意味スズキと同類かとも思わせる)を登場させなければならなかったのだろう。
風貌もスズキに負けてない。チリチリパーマに丸眼鏡という描写で、私は子門真人(往年のアニソン歌手で『およげ!たいやききん』を歌ったので有名)を思い出したよ。
本書の後半は、この2人の ”尋常でない掛け合い” が大きな読みどころとなっていく。
連続する爆発を食い止め、犠牲者を出さずに解決を図る警察をあざ笑うかのようにスズキの ”計画” は進行していく。サスペンスたっぷりの展開ながら、ミステリ要素もしっかり盛り込んである。
終盤で明かされる ”スズキが犯行に至るまで” の真相はその意外さに驚かされる。そして彼の ”真の動機” については、読者は最期まで翻弄されるだろう。
500ページを一気読みさせる牽引力をもつ本作は、発売当時の各種ミステリランキングを総ナメにしたのも納得の傑作だ。
そして今年になって続編『爆弾2 法廷占拠』が刊行された。スズキタゴサクの物語はまだ終わらないらしい。
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