評価:★★★★
2018年、『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞してデビューした作者の第一短編集。
第74回日本推理作家協会賞短編部門受賞作『♯拡散希望』を収録。
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「惨者面談」
大学生の片桐は、アルバイトで家庭教師派遣会社の営業をしている。希望する親子と面談して、家庭教師を "売り込む" ことが仕事だ。
その日訪れたのは、12歳の男の子・悠をもつ矢野家。予約の時間に着いたものの、なぜか10分ほど待たされる。中に通され、母親と悠との三者面談が始まるが、どうにも話がかみ合わず、戸惑うばかり。そのとき、悠のとった "ある行動" から、片桐は違和感の正体に気づく・・・
矢野家の "秘密" も意外だが、ラストにはさらにもうひとひねり。これが作者のプロデビュー短編第一作というのだからたいしたもの。
「ヤリモク」
主人公の "僕" は42歳の妻子持ちだが、独身と偽ってマッチングアプリで知りあった女性を "お持ち帰り" している。
その夜も "23歳のOL" と自称する女性の部屋に上がり込むことに成功するのだが、"僕" は彼女の言動に疑惑を感じ始めていた・・・
この後の展開はある程度予想がつくのだが、作者はそのさらに上を行く。そのあたりも良くできているのだが、特筆すべきは "僕" が女漁りを始めた理由だろう。その身勝手さに呆れかえってしまうのだが、それが皮肉の効いたラストにつながる。上手い。
「パンドラ」
子どもに恵まれなかった翼と香織の夫婦は三年間の不妊治療の末、一人娘の真夏(まなつ)を授かった。
そして真夏が二歳になった時、翼は精子提供を始めた。AID(非配偶者間人工授精:無精子症の男性が子を得るために適用される)に協力するためだ。
そして15年後。翼の前に「あなたの娘です」と名乗る14歳の少女・翔子(しょうこ)が現れた。翼は15年前に彼女の母親・美子(よしこ)と会った時のこと、そのときの美子の不可解な言動のことを思い出す・・・
美子が精子提供者に翼を選んだ理由も意表を突くものだが、それだけに納まらずにさらなるサプライズを持ってくる。
「三角奸計」
桐山、茂木、宇治原は学生時代からの腐れ縁の男三人組だ。大阪に異動になった茂木が偶然、宇治原に再会したことから、東京の桐山を加えて "リモート飲み会" が開かれることになった。
しかしその最中、宇治原から桐山に不穏なメッセージが届く。
「いまからあいつを殺しに行く」
どうやら、宇治原の彼女が浮気をしているらしいのだが・・・
コロナですっかりおなじみになった "リモート飲み会" だが、これをテーマにしたミステリは意外に見かけなかったように思う。本書の中ではいちばんトリッキーな作品だろう。
「♯拡散希望」
匁島(もんめじま)は長崎の西方沖に浮かぶ、人口150人ほどの小さな島。小学生は三年生4人のみ。語り手のチョモと桑島砂鉄(くわじま・さてつ)と安西口紅(あんざい・るーじゅ)の家族は島へ移住してきた。立花凛子(たちばな・りんこ)だけが島の出身だ。
その凛子が、ある日突然「YouTuberにならない?」と言い出す。親が中古の iPhone を買ってくれたのだという。
そんな頃、島を訪れていた旅行客と思われる男が長崎駅の前で刺殺されるという事件が起こる。犯人はすぐ捕まったものの、なぜかその日から島の住民たちがチョモたちに対してよそよそしい態度を取り始める・・・
後半で起こる "もう一つの殺人事件" の解明もよくできているが、それ以上に4人を取り巻いていた "意外すぎる状況" には驚かされる。
「孤島」「小学生」「YouTube」という三題噺をここまで本格ミステリとして練り上げた作者の手腕はたいしたもの。
日本推理作家協会賞短編部門受賞も納得の傑作だと思う。
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