評価:★★★
亡霊が出るとの噂があるバークリー家の屋敷。前当主クローヴィスが死亡し、遺産を相続することになったのは孫のニック。しかし現当主となったペニントンが密室状態の中で銃撃を受けるという事件が起こる・・・
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歴史学者のガレットは旅行先のパリでフェイという女性と出会い、激しい恋に落ちた。しかし再会を約束した場所に彼女は現れず、そのまま一年が過ぎた。
イングランド南東部、"悪魔のひじ"(Satan's Elbow)と呼ばれる地に建つ緑樹館は、18世紀の悪名高きワイルドフェア判事の亡霊が出没するという曰く付きの屋敷だ。
そこに住まうバークリー家の当主クローヴィスが亡くなり、次男のペニントンが新当主となったが、財産はすべて、亡き長男ニコラスの息子であるニックに与えるとの遺言が残されていた。
ニックは友人のガレットを伴って緑樹館に向かうことに。そしてその列車内でガレットはフェイと意外な再会を果たす。彼女の親友デイドラがペニントンの妻となっており、フェイはその伝手でペニントンの秘書を務めているという。
ニックたちが緑樹館へ着いたそのとき、銃声が響き渡る。そして彼らは不可解な事態に直面することに。
何者かがペニントンに向かって銃を撃ったが、それはなぜか空包だったこと、犯人が逃げたとされる窓は、内側からカギが掛かっていたこと・・・
その数時間後、ペニントンは再び銃撃を受ける。弾丸は辛うじて心臓を外れたが、意識不明で瀕死の重体となってしまう。
そして現場となった部屋には凶器の拳銃が残され、さらにドアも窓も施錠された完全な密室だった・・・
ペニントンを取り巻く者たちは、彼の妹で兄同様に相続人から外されたエステル、ペニントンとは二十歳以上年の離れた妻デイドラ、顧問弁護士のアンドリュー、主治医のエドワード、そして秘書のフェイ・・・
みな一癖ありそうで、何らかの事情を抱え込んだ様子が見える者ばかり。肝心の相続人ニックでさえ、遺産は一切受け取らないと云いだす(父ニコラスがひと財産築いたので、たしかに金に不自由はしていないのだが)。
しかし、たまたま現場へやってきていたギディオン・フェル博士が事件に首を突っ込むことになり・・・
本書の初刊は1965年。ついでに云うと作中時間は1964年。ジョン・ディクスン・カーの経歴から云うと晩年の作ということになる。
でも読んでみて、老け込んだ感じは全くない。登場人物はみなキャラが立っているし、ストーリーテラーとしての腕はいささかも鈍っていない。
肝心の密室トリックはどうか。それ自体は目新しいものではなく、同様のトリックを使った作品は多いだろう。だけど、小道具の扱いや、事前に起こったイベントを組み合わせ、密室という "不可能状況" へとつなげていくあたりの展開がとても上手いと思う。
トリックそのもののインパクトはさほどではなくても、密室を成立させていく "段取り" がしっかりとできあがっているので、フェル博士の謎解きによって「あれがここにつながるのか」「なるほど」「そうだったのか」って素直に腑に落ちる。これはやはりベテランの円熟味だろうと思う。
そしてカーと云えば、作中にロマンスを盛り込むことも特徴の一つ。本書でもガレットとフェイの、近づきそうでなかなか近づかない仲を、これまた上手に描いてみせる。
そしてやっぱり最期の一行がいい。ベタかもしれないが、エンタメのラストはかくあるべしと云うお手本のようなエンディング。私は大好きだ。
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