評価:★★★
第一線のミステリ作家6人による全編新作書き下ろし短編アンソロジー。
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「マボロシの女」(東野圭吾)
火野柚希(ひの・ゆずき)は妻子ある歯科医・高藤智也(たかとう・ともや)と交際していた。しかし智也は交通事故で亡くなってしまう。
高藤は趣味がジャズで、しばしばステージでウッド・ベースを弾いていた。柚希は高藤が生前、横須賀のライブハウスで演奏していたことを知る。
しかしその際、高藤は若い女性を連れていたという。写真もあった。周囲には娘だと紹介したが、高藤には息子が一人いるだけのはず。柚希以外にも愛人がいたのはないか?
柚希は高藤の妻・涼子に会って事情を話すが、彼女は意外な事情を語り出すのだった・・・
前巻『Jミステリー2022 FALL』に登場した神尾も出てくるが、今回は探偵役とはちょっと異なる微妙な役回り。
「詐欺師だョ! 全員集合」(新川帆立)
無職の正弥(まさや)は、オレオレ詐欺の ”受け子” を引き受けることになった。妹の高校入学資金を得るためだ。
78歳の田口セツのもとへやってきた正弥だったが、彼が見つけたのはセツの絞殺死体だった。うろたえる正弥の耳に聞こえたのは、玄関のチャイム。そこには二人組の男が。
そのあとも続々と男たちが現れるが、なんとみんなセツをターゲットにした詐欺師ばかりだったのだ。
オレオレ詐欺、原野商法、悪徳布団販売、グループ投資詐欺・・・。誰がセツを殺したのか? そしてセツが持っていたダイヤモンドはどこに消えたのか?
往年のコント・バラエティの名をもじっているが、内容はそれに恥じないコメディ・ミステリ。
「二の奇劇」(大山誠一郎)
千葉県にある林太山(りんたさん)ロープウェイ。上下のゴンドラがまさにすれ違う瞬間、機械が故障してゴンドラが二台並んだ状態で停まってしまう。
復旧作業は遅れ、乗客は中に閉じ込められたまま一晩を過ごすことに。ところが翌朝、下りゴンドラに乗っていた不動産会社社長・三川村貞一(みかわむら・ていいち)が刺殺死体となっていた。
たまたま、下りゴンドラには警視庁捜査一課の和戸宋志(わと・そうし)が、上りゴンドラには同警備部の片瀬(かたせ)つぐみが乗り合わせていた。二人はLINEで連絡を取り合いながら、それぞれのゴンドラ内の調査を始める・・・
周囲にいる人の推理力を高める "ワトソン力" という特殊能力を持つ和戸を主人公にしたシリーズの一編。
空中のゴンドラ内というクローズト・サークル。並んだ二つのゴンドラ間は、人間の移動はできないが・・・という微妙な状況の使い方が上手い。
「The Syncopated Clock 愉快な時計」(似鳥鶏)
大学生の辻野(つじの)の所属する旅行サークル「旅烏(たびがらす)」の部室にあったPCが壊されていた。載っていた机の上から落ちたのだが、それ以前にHDDが初期化されていたことが判明する。何者かが人為的に壊したのだ。
ことを荒立てたくない部長は「PCは自然に壊れたことにしよう」と言い出す。しかし犯人の姿を目撃していた辻野は、その ”人物” に罪を認めさせ、弁償させるべきだと考えたが・・・
タイトルの「愉快な時計」というのは、”バャッキー” というキャラクターの人形が時計を抱えている、という姿をしている。設定した時刻になると ”バャッキー” が大音声で賑やかにしゃべり出すのだ。
単なる賑やかしアイテムかと思いきや、けっこう重要なキーになってる。
「作為改変のコンティニュイティ」(斜線堂有紀)
大学の映画サークル・現代映像研究会(現映研)が自主製作映画「ブラッド・ノットシンプル」を製作した。ところがその撮影の最中に "サークル活動承認書" が紛失してしまう。
"サークル活動承認書" はサークルが年に一回、大学に提出するもので、これが提出されなければ問答無用で現映研は廃部となってしまう。
厄介なことに用紙は複製不可とされていて、オリジナルの用紙しか受け付けない。撮影に使用した部室はもちろん、借りた撮影所までくまなく探したが用紙は見つからない。
現映研の脚本担当の女子学生・水野(みずの)から事情を聞いた奈緒崎(なおさき)は、映画マニアのひきこもり大学生・嗄井戸高久(かれいど・たかひさ)を引っ張り出すのだが・・・
承認書の在処のヒントを見つけるため、「ブラッド・ノットシンプル」を奈緒崎と嗄井戸の二人で観るシーンがあるのだが、その内容がなんとも映画の体を成していない。まあユーモア・ミステリだからいいのだろうけど、ホントにこんなもの見せられたら怒り出す人がいるレベル(笑)。
「鯉」(太田愛)
海外の通信社で働く有島絢子(ありしま・あやこ)は、叔母・朋子(ともこ)の訃報を受け、横浜に帰省してくる。
素封家・有島家の当主・博隆(ひろたか)は絢子の伯父。古美術評論家だが、自損事故の後遺症で重い障碍を抱えており、十六歳年下の朋子が長年にわたって介護していた。
絢子には中学時代の半年間ほどの記憶が欠落していた。だが実家を訪れ、家族たちと会話をしていくうちに、記憶の断片が甦ってくる。
朋子の机の中には、撮影済みの使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム。いわゆる「写ルンです」)が残されていた。30年近い昔のもので使用期限もとっくに切れていたが、絢子がプロカメラマンの伝手を辿って現像を頼んだところ、二枚だけ "救う" ことができた。そこに映っていたのは若い女性・北原千晄(きたはら・ちあき)。美術系の出版社の社員で、伯父の仕事を手伝うために毎日通ってきていた人だという。
千晄の行方を捜す絢子は、意外な情報に辿り着く。絢子が14歳の時、千晄は朋子とともに京都旅行へでかけた。写真はそこで撮られたものらしい。しかし伯父が自損事故を起こした知らせを受けて朋子は引き返した。そして千晄は京都で朋子と別れたまま、失踪してしまったのだという。
甦ってくる記憶の断片をつなぎ合わせ、千晄の失踪の真相に迫っていく絢子。そしてそれは、絢子が記憶を失っていた理由にもつながっていく・・・
事件が起こった背景、当事者たちの苦悩、そして盛り上がってくるサスペンス。三拍子揃った本作は、本書の中ではいちばん気に入った作品だ。
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