評価:★★★★☆
時は戦国時代。本能寺の変より四年前、荒木村重は織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もった。さらに織田方の使者としてやってきた小寺(黒田)官兵衛まで城内に幽閉してしまう。
しかし有岡城内では次々に不可解な事件が起こっていく。放置しては人心に迷いが生じ、城が落ちるきっかけになりかねない。
窮地に陥った村重は、囚人となった官兵衛に謎解きを求めるのだが・・・
本作は第12回山田風太郞賞、第166回直木賞、第22回本格ミステリ大賞を受賞、さらに主要ミステリランキングで軒並み1位を獲得したという超話題作。
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本書は摂津国川辺郡(現・兵庫県伊丹市)にあった有岡城が舞台となる。物語の99%はこの城内、あるいは城の周辺で進行する。
本能寺の変の四年前の天正6年(1578年)、荒木村重(あらき・むらしげ)は織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もった。
有岡城は東西0.8km、南北1.7km。周囲に堀と土塀を巡らし、内部には町屋敷や町家(町人や武士の居住地)がある。村重は籠城にあたり、家臣や周辺住民まですべて城内に収容している。
さらに村重は、織田方の使者としてやってきた黒田官兵衛(くろだ・かんべえ)の説得にも応じず、彼を捕らえて城内に幽閉してしまう。
織田方は大軍を動員し、有岡城を取り囲んでの持久戦が始まる。本書はそこから有岡城落城までの一年間、四つの季節を描いている。
籠城はしたものの、援軍となるはずの毛利軍が待てど暮らせどやってこない。城内に不安が広がる中、不可解な事件が続発していく。これを放置しておいては混乱に拍車が掛かり、城が落ちるきっかけになりかねない。窮地に陥った村重は、囚人となった官兵衛に謎解きを求めるのだが・・・
「第一章 雪夜灯籠」
冬。
大和田城に詰めていた荒木方の武将・安部二右衛門(あべ・にえもん)が織田方へ寝返ってしまった。人質として有岡城内に入っていた二右衛門の子・自念(じねん)は11歳。裏切りがあれば人質は殺されるのが戦国の世の習いであったが、村重は思うところがあって彼を生かしておくことを命じる。
しかしその自念が殺害される。現場は自念が居住していた村重の屋敷の納戸。周囲には監視の目があり、庭に面した戸は開いていたが、そこには一面の雪が積もっており、下手人の足跡はもちろん、何の痕跡も残っていなかった・・・
いわゆる ”衆人環視の中の不可能犯罪” である。
「第二章 花影手柄」
春。
有岡城内に籠もる軍勢は村重の家臣だけではなく、いくつかの勢力の混成軍である。しかし籠城が長引くにつれ、諸派の間での軋轢が起こっていた。
特に鈴木孫六(すずき・まごろく)が率いる雑賀(さいか)衆と、高山大慮(たかやま・ダリヨ:キリシタンとしての洗礼名)が率いる高槻衆との確執が目立った。それを憂う村重は一計を案じる。
双方の精兵を20名ずつを起用し、村重自らが指揮を執って織田方の大津長昌(おおつ・ながまさ)の陣への小規模な夜襲を敢行したのだ。
夜襲は成功し、雑賀衆と高槻衆はそれぞれ二つずつ武士の首を上げてきた。内訳は老武者と若武者それぞれ一つずつ。そこへ長昌討ち死にとの報が入ってきた。長昌の年齢から考えると若武者のはず。ならば、長昌の首を取ったのはどちらなのか?
ガス抜きのために行った夜襲が、かえって双方の対立を深めかねない事態になり、村重は苦慮することに。
「第三章 遠雷念仏」
夏。
周辺の武将も次々に織田に降り、有岡城は孤立無援に陥りつつあった。しかし城内は依然として抗戦派が優勢な状況だった。
しかし村重は廻国僧(かいこくそう:諸国を巡りながら布教活動を行う僧)の無辺(むへん)を通じ、明智光秀に降伏の仲介をしてもらうための工作を続けていた(光秀の娘が村重の息子に嫁いでいる)。
しかし明智側は、村重が降る証しとして〈申寅〉(さるとら)を要求してきた。〈申寅〉は村重が所有する茶器の中でも最も有名なものだ。
村重から〈申寅〉を預かった無辺は、夜陰に乗じて城を抜け出すために町家(城内の居住区)の外れにある庵で時を待つことになった。
しかしその無辺が殺され、〈申寅〉が持ち去られるという事件が発生する。村重は周囲の証言を集め、無辺が庵に入った昼から遺体が発見される翌朝までの時系列に沿った関係者の動きをまとめるが、下手人は浮かんでこない・・・
「第四章 落日孤影」
秋。
「第三章」のラストに於いて、無辺を殺した下手人は死亡してしまうのだが、村重はその状況に疑問を覚える。城内に裏切り者が潜んでいるのではないか?
死亡時の疑問を解明し、裏切り者を特定しようとする村重だが・・・
戦国時代に屈指の軍師と謳われた官兵衛を安楽椅子探偵に起用するというアイデアが抜群に光る作品だ。
対する荒木村重も、決して無能ではない。むしろ推理能力としては常人の遙か上を行く。つまり本書は二人の探偵の対決という側面も持っている。
官兵衛は村重から城内で起こった事件の概要を聞いて推理を巡らせるのだが、「それはこれこれこういうこと」と答えてしまっては敵である村重を利することになってしまう。
だから官兵衛は素直に答えない。答えないのだが、全くの無回答ではなく、意味深な言葉を発するのだ。そして村重は、その言葉に隠された真相へのヒントを自ら読み解いていく、というのが二人の推理合戦のパターンとなる。
本書は連作歴史ミステリとしても秀逸なのだが、それだけで各種ミステリランキングを制覇することはできない。本書の一番のキモは、物語全体に張り巡らされた "仕掛け" にある。 終盤に至ると、「第一章」から始まった一連の事件が再解釈され、村重はそこに意外なつながりがあったことを知ることになる。
そして官兵衛。地下牢に閉じ込められ、生死を村重に握られていても、一年にわたる幽閉生活を無為に過ごすような人間ではない。胸の中にひとつの "謀(はかりごと)" を秘めながら、村重との対峙を続けてきたのだ。
だから「第四章」の終盤に至り、官兵衛は村重にこう言い放つ。
「我が策は、すでに成ったのでござる」と。
本書のメイン探偵は官兵衛なのだが、ホームズ役というよりモリアーティ役と呼んだ方がふさわしいのかも知れない。
ネットの書評では『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターに例える人もいるらしいが。
ネタバレになるのでこれ以上書かないが、本書が絶賛された理由は、まさにこのような "ミステリの多重構造" にあるのだろう。
「終章」では籠城が終わるまでの経緯に加え、作中人物たちの "その後" が語られる。
有岡城が落城に至るまでに荒木村重がどう振る舞ったのかは、歴史に詳しい人なら先刻ご承知のことかも知れないが、それを知らなかった私は想定外の成り行きに驚かされた。
村重以外の人物も、いかにもな生涯を送った者もあり、意外な末路を辿った者もあり。戦国時代の "人生いろいろ" がうかがえる。
そして最後には官兵衛自身のことが語られる。ここの部分は知識としては知っていたのだが、作者は "このシーン" で締める、と決めていたのだろう。これも読んでのお楽しみとしておこう。
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