新しい世界で 座間味くんの推理



新しい世界で~座間味くんの推理~ (光文社文庫)

新しい世界で~座間味くんの推理~ (光文社文庫)



  • 作者: 石持 浅海

  • 出版社/メーカー: 光文社

  • 発売日: 2024/06/11









評価:★★★★





 警視庁幹部の大迫、女子大生の聖子、そしてサラリーマンの "座間味くん"。三人が酒の席で、不可解な話について語り合う。そこで "座間味くん" がポツンと語ったひと言が、事件の様相をガラリと変えてしまう・・・



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 ハイジャックされた機内で起こる事件を描いた長編『月の扉』。鋭い推理力で事件解決に貢献したのが、機内に乗り合わせていたひとりの青年。「座間味島」のTシャツを着ていたことから作中では "座間味くん" と呼ばれている。本名はちゃんとあるはずなのだが、なぜかそれでは呼ばれない。



 この事件をきっかけに、彼は空港警備を担当していた警察官・大迫(おおさこ)と知己を得て、事件解決後もしばしば酒を酌み交わす仲となった。

 第二作からは、この二人にゲストを加えた酒の席で、"座間味くん" が推理を披露するという連作短編シリーズとなった。



 そして本作は、連作集としては『心臓と左手』『玩具店の英雄』『パレードの明暗』に続く4作目となる。今作のゲストは二十歳の女子大生・玉城聖子(たまき・せいこ)。

 彼女は『月の扉』でハイジャック犯の人質となった幼児で当時一歳。つまり本書はその19年後の物語ということになる。聖子は沖縄の中高一貫校を卒業後、東京で大学生となっていた。



 この三人が酒の席で、不可解な話について語り合う。そこで "座間味くん" がポツンと語ったひと言が、事件の様相をガラリと変えてしまう・・・というのが、毎度おなじみのパターンだ。





「新しい世界で」

 大手商社の社員が交際中の女性を殴る事件を起こした。男には離婚歴があったが、原因はその女性と知りあったことだった(つまり女性は元浮気相手)。さらに、事件をきっかけに男が会社の金を横領していることまで発覚してしまう。

 一方、離婚された元妻はパン屋で働き始めたが、その店は大繁盛しているらしい・・・





「救出」

 ハイジャック事件(『月の扉』)の後、玉城聖子の家庭は崩壊した。父親は無力感に苛まれて酒に溺れ、DVを振るうようになった。会社でも働く意欲をなくして左遷され、収入も減った。

 聖子は伯父の助力で東京を離れ、沖縄の全寮制中高一貫校に入学したが、父のことをすべて母に押しつけてしまったことに罪悪感を覚えていた・・・





「雨中の守り神」

 資産家の息子が起業した。軽井沢の別荘を借りて気象観測用ドローンの研究開発を始めたのだ。悪天候下での飛行データを取るため、台風が近づく中で飛ばしたドローンが、たまたま空き巣犯を発見してしまう。ドローンは空き巣犯を追跡し、警察による逮捕に貢献したのだが・・・





「猫と小鳥」

 定年退職して一人暮らしをしている男性が趣味でバイクに乗り始めた。ところが自宅に泊めたバイクの上を猫が徘徊するようになった。その猫は近所のアパートに住んでいる中年女性が飼っていた。

 そしてある日、男性は路上でその中年女性に出くわした。彼女は重病の猫を抱えていたのだが・・・





「場違いな客」

 大迫の知人の若い警官が、秩父のキャンプ場で不思議な客に出くわす。三十歳くらいの女性のソロキャンパーだったのだが、なんとグレーのパンツスーツに黒のビジネスシューズ、銀縁眼鏡をかけていて、大手町のオフィス街を闊歩するような服装だったのだ・・・





「安住の地」

 横浜にある私立の進学校・聖ブリジッタ女子高校。卒業生で母校の教師となったその女性は、校舎の老朽化が原因で生徒が怪我をしたことをきっかけに、校内の全面的な点検を主張した。しかし学校側がそれを受け入れなかったために、彼女は一人で校内の見回りを始めることに。その結果、過労が祟って体調を崩し、入院する羽目になってしまった・・・





「お揃いのカップ」

 航空会社で働く大迫の息子・直哉(なおや)は、奇妙なことに気づく。広報部の大先輩社員(在籍30年)・塚田淳子(つかだ・じゅんこ)が持っていたのは、人気アニメ『赤き人狼』のヒロインが描かれたコーヒーカップを持っている。一方、直哉の後輩社員・土井(どい)が持っているのは同アニメの主役(男性)が描かれている。二人がお揃いのカップを会社に持ってきているのはなぜか・・・





 「場違い-」のように謎の存在が明らかなものもあるが、中にはどこが謎なのか分からない話(「新しい-」「救出」「安住-」)や、謎というほどでもない話(「お揃い-」)や、美談で終わった話(「雨中の-」「猫と-」)もある。

 しかし酒の席のさなか、"座間味くん" が発したひと言で、物語は違った側面を明らかにしていく。ものの見方や解釈を変えることで、その裏に潜んでいたもう一つのストーリーが浮かび上がってくる。

 毎度のことながら、作者の手腕は鮮やかのひと言。



 第一話では二十歳の女子大生だった聖子さんは、最終話では大学を卒業し、就職を経て結婚も決まった28歳となっている。

 ということは、その時点で『月の扉』事件から27年経っているわけで、座間味くんをはじめとした登場人物たちの状況にも時の流れが感じられる。



 最終話でシリーズ的には一区切りつくので、ここで終わりかも知れないなぁ、とも思うのだけど、作者は案外しれっとして続きを書いてくれるかも(笑)。





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