俺ではない炎上



俺ではない炎上 (双葉文庫 あ 71-01)

俺ではない炎上 (双葉文庫 あ 71-01)



  • 作者: 浅倉 秋成

  • 出版社/メーカー: 双葉社

  • 発売日: 2024/06/12

  • メディア: 文庫








評価:★★★★





 不動産会社の営業部長・山縣泰介は、「女子大生殺害犯」へと仕立て上げられる。彼の名を騙る twitter アカウントの内容通りに、他殺死体が発見されたのだ。

 たちまちネット上では泰介の写真も勤務先も公開されて大炎上。周囲の人間は誰一人として彼の潔白を信じてくれない。警察の捜査を逃れて逃亡する泰介の行き着く果ては・・・



* * * * * * * * * *



 物語は、大学生・住吉初羽馬(すみよし・しょうま)が twitter を観ているシーンから始まる。アカウント名は「たいすけ@taisuke0701」で、そこには一枚の写真が映っていた。

 夜の公園と思しき場所に横たわる女性。腹部から血を流している。投稿者は、自分が殺したという犯行声明をつぶやいていた。

 おののきながらもリツイートしてしまう初羽馬。しかしそれが "炎上" の始まりだった。



 山縣泰介(やまがた・たいすけ)は、大手不動産会社・大帝(たいてい)ハウジングの営業部長。しかし彼が出張から帰社すると、社内の雰囲気がおかしい。

 なんと彼は「女子大生殺害犯」であるとネットで特定され、大炎上していたのだ。ネットの投稿通りに、女子大生の死体が発見されたことによって。



 泰介自身は twitter は使っていないのに、「たいすけ@taisuke0701」のアカウントは10年前から存在し、しばしば泰介の私生活の様子を呟いていた。その巧妙な内容からして、かなりの悪意と計画性が感じられた。

 炎上に加わったネット民たちによって泰介の勤務先が特定され、顔写真まで晒されていた。このままでは本当に殺人犯にされてしまう。警察に捕まってしまったら、容疑を晴らす術はないと思った泰介は、逃亡を企てるのだが・・・





 本書の語り手は四人いる。一人はもちろん山縣泰介。炎上の "引き金" を引く一人となった住吉初羽馬。泰介の娘・夏実(なつみ)。そして殺人事件の捜査と泰介の追跡を担当する県警の刑事・堀健比古(ほり・たけひこ)。



 四人の視点をシャッフルしながら物語はすすんでいくのだが、もちろんその中には巧妙に伏線が仕込まれていて、終盤近くでそれが "発動" すると、それまで展開してきた物語の様相が一変していく。

 これがまた鮮やかすぎて、読んでいると一瞬何が起こったのか分からなくなってしまう。そして合点がいくと、その大胆さにもう一度唸ってしまう。



 切れ味鋭いミステリとして素晴らしい出来なのはもちろんなのだが、それと同じくらい伝わってくるのはネットの恐怖だ。暴威と言い換えてもいい。



 単なる野次馬的興味だけに留まらず、積極的に炎上に加わっていく者たち。泰介の勤務先、顔写真、自宅の住所・・・あらゆる個人情報を晒しものにしていく。

 炎上させている本人たちは "社会正義" を実践しているつもりなのかも知れないが、その本音は「水に落ちた犬は叩け」。要するに反撃される恐れのない相手なら、いくらでも強い態度に出て大丈夫。物陰からならいくらでも石を投げられる、というわけだ。

 中盤では、逃亡中の泰介を見つけようと、わざわざ集まってくる連中まで出現する。なんのことはない、逃げる泰介を動画に撮って、ネットに上げて閲覧数を稼ごうというもの。彼らにとっては人の不幸さえ娯楽のタネだ。



 昔、twitterのことを「バカ発見器」と呼んだ知人がいたが、まさにその通りだなぁと実感する。



 悲観的なことを書き連ねてしまったが、本書の物語自体は "真っ当な結末" を迎える。真犯人は捕まり、泰介の容疑は晴れ、炎上に加わった有象無象の輩は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。



 ネットも所詮、道具の一つに過ぎないのだから、人間の関わり方の問題なのだろう。でもまあ現在の世相を観るに、あまり良い方に向かっているように見えない部分も多々あるのだが、これからの若い人たちが(もちろん老人もだが)上手く使いこなしていくことを願うばかりだ。





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