名探偵のままでいて



名探偵のままでいて (宝島社文庫)

名探偵のままでいて (宝島社文庫)



  • 作者: 小西マサテル

  • 出版社/メーカー: 宝島社

  • 発売日: 2024/04/03









評価:★★★☆





 主人公・楓は小学校の教師。彼女の祖父はかつて小学校の校長をしていたが、現在は「レビー小体型認知症」を患い、幻視と記憶障害に悩まされている。

 しかし楓が身の回りで起こった "事件" について語りかけると、祖父の脳細胞は活性を取り戻し、鮮やかに謎を解いていく。



 第21回(2022年)「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。



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「第一章 緋色の脳細胞」

 文庫で約40ページのうち、前半2/3ほどは楓(かえで)と祖父の過去から現在までの状況説明。

 楓の祖父が患った「レビー小体型認知症」は、アルツハイマー型認知症・血管性認知症とともに “三大認知症” と呼ばれている。認知機能の低下にムラがあることが特徴で、1日や1週間などの短い期間の中でも調子がよいときと悪いときがあるのだという。楓の祖父も、この ”調子が良い時” に名探偵として能力を発揮するわけだ。

 そして後半1/3が "謎" の提示とその解決に充てられる。

 ミステリ好きの楓が、ネット古書店で購入したのは文芸評論家・瀬戸川猛資(せとがわ・たけし)の評論集。しかしページの間に瀬戸川氏の訃報を伝える新聞や雑誌の切り抜き記事が四枚挟んであった。誰がどんな目的でこんなことをしたのか・・・

 輝きを取り戻した祖父の脳細胞は、たちどころに仮説を二つ提示してみせる。さらにもう一つ、これぞ真相と楓が納得する「物語」まで。

 読み終わってみれば、そんなにビックリするような "真相" ではないのかも知れないが、それをミステリとして "読ませる" のは、作者の手腕だろう。

 祖父が早稲田大学のワセダミステリクラブ出身で、瀬戸川氏の後輩だったというのも面白い設定だと思う。





「第二章 居酒屋の "密室"」

 祖父の行きつけだった居酒屋『はる乃』で殺人事件が起こった。楓の同僚教師・岩田(いわた)の高校時代の後輩が、事件発生の時に店内に居合わせていた。

 その後輩・四季(しき)と岩田が酒を飲む席に誘われた楓。四季の偏屈ぶりに驚かされながらも、事件の話を聞いていく。彼によると遺体は店の奥にあるトイレで見つかったという。そこには店の中からしか行けないので、必然的に犯人はそのとき店にいた人物に限られるのだが・・・

 店の見取り図も載っている。この手の図は真相究明にあまり役立たないことが多いのだが(笑)、本作ではけっこう役立っている。

 それ以外にも、視覚に訴えるシーンが多いので、映像化したものを観てみたいと思った。





「第三章 プールの "人間消失"」

 楓は大学時代の友人・美咲(みさき)と再会する。彼女は今、楓の祖父が10年前まで校長を務めていた小学校で教師として働いていた。

 美咲は去年、彼女の学校で起こった不思議な事件のことを語り出す。赴任してきたばかりの新人の女性教師が、担任していた四年生の水泳の授業が終わった直後、姿を消してしまったのだという。

 終業のチャイムが鳴り、生徒たちがプールを出てシャワールームへ向かっている時、プールに飛び込む水音がした。引き返してきた生徒たちがプールの中を見ても誰もいない。そして担任の女性教師の姿もなかった。そしてそのまま、行方不明になってしまったのだという。

 祖父が語り出した真相は、海外の某古典的有名作品を彷彿とさせる、けっこう凄惨なもの。しかしそこで終わらせないで、祖父はもうひとつの「物語」を提示してみせる。最初の ”真相” で唖然とした読者はここで救われることになるだろう。

 "人間消失" を演出した動機については、「それはやりすぎ」と思わないでもないが(笑)。





「第四章 33人いる!」

 楓は、かつて六年生を受け持っていた時に遭遇した不思議な現象について語り出す。

 32人のクラスで英語の授業中、その場にいない33人目の生徒の声が聞こえた、というもの。
 文庫で25ページほどだが、密度は濃い。ちょっと "作りすぎ" で ”上手くいきすぎ” かなぁとも思うが、それをミステリとしてまとめ上げてしまうのは流石だ。





「第五章 まぼろしの女」

 川の堤防上にある遊歩道でランニングをしていた岩田は、川に架かる橋脚の下で二人の男が揉めているところに出くわす。

 片方の男が相手をナイフで刺して逃げ出してしまい、刺された方を岩田が介抱したのだが、そのために殺人容疑で警察に逮捕されてしまう。

 そしてそのとき、橋の上では一人の女性が一部始終を見ていたはずなのだが、なぜか彼女は名乗り出てこない・・・

 例によって祖父による謎解きが始まるのだが・・・今回は推理の材料が少ないので、どちらかというと想像、それもやや妄想に近いかな。まあ結果的に当たってたみたいだけど。

 それと並行して、楓のもとに無言電話が掛かってきているという不穏な状況も語られる。楓の両親についての情報もここで開示され、あわせて「最終章 ストーカーの謎(リドル)」への伏線になっていく。この最終話では、楓自身が事件に巻き込まれる当事者となる。





 ミステリとしての出来なら「第二章」と「第三章」が双璧かな。どの話でも、祖父は複数の解決を提示してみせるので、多重解決ものとしてもよくできてる。でも、「第五章」の謎解きについては意見が分かれるんじゃないかと思う。

 六つの ”事件” が語られる中で、日常の謎系からだんだんサスペンス系へと移行していくのも上手い構成だ。





 本編の中で、熱血教師・岩田とイケメン劇団員の四季という、対照的な二人の男性から好意を寄せられる楓。

 うーん、恋人にするなら四季のほうが絶対楽しいだろうけど、旦那にするなら岩田のほうが無難かなぁ。父親目線(祖父目線?)で悩んでしまった(笑)。

 既に続編『名探偵じゃなくても』が刊行されていて、三角関係も続くらしい。どちらを選ぶか(あるいはどちらも選ばないか)も気になる。文庫になったら読みます(おいおい)。





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