評価:★★★★
悪名高き戦国武将として知られる松永久秀。主家を乗っ取り、将軍を暗殺し、東大寺大仏殿を焼き払った。
しかし、彼は巷間に伝えられるようなそんな "大悪人" だったのか?
夜盗だった少年時代から、三好家の重臣となり、やがて近畿でも有数の戦国武将に成り上がっていく希代の梟雄の生涯を描く。
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松永久秀(まつなが・ひさひで)は、上洛を果たし、天下人になりつつある織田信長に臣属したものの、二度にわたって謀反を起こす。二度目の時は信長も激高すると思われたが、意外にも「降伏すれば許す」と言い出す。
驚いた側近たちに、信長は久秀の生涯を語り出す。
かつて二人は夜を徹して語り合ったことがあるのだと。そのときに信長が知った、久秀の "真実" とは・・・
物語は、14歳の多門丸(たもんまる)を頭とする子どもだけの夜盗集団のエピソードから始まる。しかし所詮は子ども。彼らは返り討ちに遭ってしまい、生き残ったのは九兵衛(くへえ)と甚助(じんすけ)の兄弟、そして日景(ひかげ)という少女の三人のみ。この九兵衛が後の久秀である。
摂津(せっつ)国の本山寺(ほんざんじ)に身を寄せた三人は、そこで武野新五郎(たけの・しんごろう)という皮商人に出会う。彼は阿波国の国人・三好元長(みよし・もとなが)の密偵であり、京の情勢を三好家に伝えていた。
武野を通じて三好元長の「戦のない世を作る」という理想に共鳴した久秀は、その実現のために人生をかけることになる。
また武野は茶の湯にも詳しく、九兵衛(久秀)は彼によって茶の世界へと入っていく。後世、松永久秀によって有名になった ”平蜘蛛の釜” もここで出てくる。
本書の前半6割ほどは、一介の商人の家に産まれた少年が、理想の実現を目指して戦場を駆け、逞しい青年へと成長していく日々が描かれる。
後に生涯の臣下となる者たちとも出会い、弟・甚助も松永長頼(ながより)と名を改め、城持ち武将へと出世していく。
しかし後半に入ると苦難の時が訪れる。三好家の中で栄達していく久秀は一族や旧臣たちからの嫉妬と反撥を買い、彼を陥れようとする者も現れる。
三好家の後継者を巡る内紛に巻き込まれたことで、主家の乗っ取りを謀る奸物との誹りも受ける。
のちに久秀が ”大悪人” と呼ばれることになった原因である将軍の暗殺も、東大寺大仏殿の焼き討ちも、作者は新しい解釈で彼の本意ではなかったことを示し、理想を胸に抱きつつも、それとはかけ離れた人生を歩まざるを得なかった彼の悲哀が語られていく。
タイトルの「じんかん」とは、「人間」の読み仮名のひとつ。この読みになると、”人の住む所” とか ”人の世” とかの意味になるそうだ。
織田信長が好きでよく舞ったという能の『敦盛』(あつもり)の一節、「人間五十年・・・」の「人間」は「にんげん」ではなく「じんかん」と読むという説もあるそうな。
主人公・松永久秀が「じんかん」(=人の世)の未来に対して抱いていた ”夢” を描いた作品だ。
松永久秀は、織田信長の生涯を扱った作品ではほぼ100%の率で顔を出すキャラだろう。知名度も決して低くはないが、"大悪人"というイメージが先行して、その人となりやどんな生涯をたどったのかは余り知られていないような気がする(単に私が不勉強なだけかも知れないが)。
私の場合で云えば、NHK大河『麒麟がくる』で吉田鋼太郎が演じていて、"こいつは曲者だなぁ" くらいの印象しかなかった。
もちろん小説の主役となった時点で、ある程度は美化されているのだろう。本書に書かれていることが久秀の "真実" だとは思わないが、戦国時代を駆け抜けた異色の武将であることは間違いないだろう。
これから歴史小説や時代劇で松永久秀が出てきたら、今までとはちょっと違った目で見ることになりそうだ。
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