評価:★★★
主人公・井筒は研修医。友人と一緒に旅行に来た東北で、洞窟探検中にタイムスリップに巻き込まれてしまう。
転移先は99年前の大正12年6月の東京。井筒は近くにあった病院に居候しながら診療を手伝うことに。
文献を調べたところ、大地震が起こると99年後の世界へつながる "時空の扉" が開くらしい。次の地震は9月1日、いわゆる「関東大震災」だ。
井筒は事件や謎を解決しながら "その日" を待つのだが・・・
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2022年3月。研修医の井筒は友人の三杉と一緒に旅行に来た岩手県下閉伊(しもへい)郡で、洞窟探検中にタイムスリップに巻き込まれてしまう。
転移先は99年前の大正12年(1923年)6月の東京・王子。井筒は近くにあった病院に居候しながら診療を手伝うことに。
井筒が出現した場所では、小さいながらも2022年とつながる "穴" が開いているようで、三杉と話をしたり、ごく小さいものなら、もののやりとりもできる。
三杉の協力で過去の文献を調べたところ、大地震が起こるたびに王子と下閉伊の間に99年の時を繋ぐ "時空の扉" が開くらしい。次の地震が起こる9月1日、いわゆる「関東大震災」の日に、井筒は2022年へ帰ることができそうだ。
井筒は "その日" を待ちながらも、病院や周囲の人々がらみの事件に巻き込まれていく。
井筒が身を寄せたの病院の院長・村岡は、井筒の身元に不審なものを感じているが、医学の知識(それも99年未来の)を持つことから、診療の手伝いをすることを黙認している。
村岡の姪で女学校一年生のさつきは "お転婆" を絵に描いたような娘、彼女と同い年の従兄弟で、京都から所用で出てきた秀樹は "本の虫"。対照的な二人を "相棒" に、井筒の探偵譚が綴られていく。
「第一話 黄泉平坂石」
西洋料理店・牡丹亭(ぼたんてい)の主人・西谷(にしたに)が持ち込んできた相談は、夫人の不妊だった。12年前に出産した子は夭折、翌年に第二子を妊娠したが流産。それ以後ずっと、妊娠の兆候が見られないという。最近は神頼みにも精を出している。しかし井筒の診断でも不妊の理由は不明だった。
タイトルの「黄泉平坂石」(よもつひらさかいし)というのは、夫人が身につけているお守り石の名。出雲地方にある "千曳岩"(ちびきいわ)という岩の欠片をお守りに仕立てたものだという。
夫人の不妊と並行して、最近になって近所に出没する不審な鍵屋の存在、なぜか背中に塗料を塗られている迷い犬など、不穏なエピソードが語られていき、それがやがて事件へとつながっていく。
終盤には夫人が不妊に至った理由も明らかになる。これは「ある事実」を知っていればすぐに気がつくのだが、知らない人の方が多そう(私はたまたま知ってたけど)。
「第二話 とりかえばや事件」
村岡の姪の珠緒(たまお)は大阪の商家に嫁に行ったが、最近体調が思わしくないのだという。そこで井筒が大阪まで "往診" に赴くことになった。姉(珠緒)の顔を見たいというさつきと、京都まで帰るという秀樹を連れて、三人で東海道線に乗り込む。そしてせっかくの旅行と云うことで、村岡の計らいで途中の箱根で観光をすることに。
ところが宿に到着して早々、マサさんという若い男が困っているところに遭遇する。相部屋の島崎という青年宛てに来た手紙を間違って開封して読んでしまったのだという。
ところが手紙の内容は、脈絡のない5つの英文からなるもので、しかもさつきによると、みな文法的な誤りがあるという。それを皮切りに宿の周囲で不審な出来事が起こり始める。
そしてマサさんの上京が決まり、歓送会が開かれる。ところがその最中、何者かが宿に侵入する。ところが賊は、"間違った英文" の手紙を盗み、そして "文法的に正しい英文" の手紙を残していったのだ・・・
手紙の件を含め、一見すると何の脈絡もなさそうな出来事の羅列に、読んでいても五里霧中。ところが終盤に至るとすべてのパーツが綺麗に組み上がって、一枚の絵が完成する。
本書の中でミステリ的にはいちばん秀逸だと思うのだが、本当のサプライズはラストに訪れる。あまり書くとネタバレになるけど、海外の某古典的有名短編を思わせるエンディング。
「第三話 妖変の鉄拵え」
近づいてくる ”9月1日” にやきもきしながらも、大阪に着いた井筒はさっそく珠緒を診察する。最新の検査技術がないので心許ないが、とりあえずの治療を施すことに。
珠緒の嫁いだ造り酒屋の近所を散策した井筒は、古武術の道場を見つける。中を覗いたところ、船曳(ふなびき)という巨漢が道場主の平泉春蔵(ひらいずみ・しゅんぞう)に立ち会いを要求していた。どうやら道場破りらしい。しかし平泉は相手にしなかった。
その二日後、花火見物の帰りに道場に寄った井筒は、平泉と船曳が戦う場面に遭遇する。船曳の猛攻に平泉は窮地に陥るが、一瞬の後に形勢は逆転する。見ていた井筒にも何が起こったのか分からないうちに船曳は倒されて病院に運ばれるが、診察の結果、受け身をとった形跡がないことが判明する。いったい平泉はどんな技を使ったのか・・・
そしてここのラストでも、「第二話」同様のサプライズが炸裂する。
「エピローグ」の前半では、大震災の起こった9月1日を迎える。井筒の運命については読んでのお楽しみとしておこう。
後半は後日譚になり、本書に登場した "ある人物" の "その後" が語られる。この幕切れはちょっと切ない。でもそれがいい。
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