ヌードモデル仲介業「共栄美術倶楽部」に現れた男は "幽霊男" と名乗った。彼の依頼を受けたモデルがホテルの浴室で死体となって発見される。
そこから、モデルたちが次々に殺されるという事件が続いていく。
猟奇的な犯罪を繰り返す "幽霊男" に金田一耕助が挑む。
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神田神保町にある「共栄美術倶楽部」は、ヌード写真愛好家たちのためにモデルを貸し出す仲介業を行っている。
ある日の夕刻、そこに現れたのは異様な風体の男だった。長髪にベレー帽、黒いサングラスにマフラー、そしてかかとまで届きそうなロングコート。
男は「佐川幽霊男(さがわ・ゆれお)」と名乗った。本名の由良男(ゆらお)をもじった "ペンネーム" だという。
"幽霊男" は小林恵子(こばやし・けいこ)というモデルを指名し、西荻窪にあるという彼のアトリエに行くことに。しかしその恵子が、駿河台のホテルの浴室で死体となって発見される。
西荻窪では、空き家となったアトリエが発見される。そこには一ヶ月前まで津村一彦という画家が住んでいた。彼は精神が不安定になっており、妻に連れられて郷里の岡山に帰る途中で逃げだして行方不明になっていた。
なんと彼には吸血癖があり、しばしば妻が与えた血を舐めていたのだという。
殺人事件のせいか、共栄美術倶楽部は大繁盛(おいおい)。常連客を招いての例会(モデル撮影会)を開くことになった。場所は伊豆半島のS温泉(頭文字表記だが、作中で『女王蜂』事件に言及されているので、修善寺のことだろう)。
招かれた常連客たちは、それぞれモデルを伴ってホテルの庭で撮影に勤しむ。ところが庭園内の一角で、モデルの都筑貞子(つづき・さだこ)の死体が発見される。切断された両脚が、花畑の地面から "生えた" ように安置され、さらに腰から上の部分は小さな池の中に座った状態で置かれ、上から注ぐ小さな滝に打たれていた・・・
殺人事件以外にも、"幽霊男" はいろいろな騒ぎを引き起こしていく。モデルの一人を誘拐して解放したり、小道具のテープレコーダーを駆使して自分の存在をアピールしたり・・・
現代風に云うと「劇場犯罪型のシリアルキラー」というところか。死体損壊を含む猟奇的な犯行と合わせて、江戸川乱歩の通俗長編と少年探偵シリーズをミックスしたような雰囲気だ。
幽霊男の正体ではないかと目された津村一彦も、どうやら "幽霊男" に操られているのではないかとの推測が立つのだが、共犯者は津村だけではないらしい。
共犯者を安易に設定してしまうと、ミステリ的な興味が薄れてしまうようにも思うのだがこのあたりは流石の巨匠。これを利用してフーダニットの面でのサプライズにつなげているあたりホントに上手いと思う。多くのキャラを縦横に動かす交通整理はお手のものなのだろう。
己の欲望のままに人を殺害し、遺体を損壊・蹂躙している "幽霊男" の犯行の数々、複数の共犯者の存在、そして中盤から突然現れる "マダムX" なる謎の婦人。
読んでいると、混迷極まるこの展開にちゃんと決着がつけられるのか疑ってしまうのだが、「横溝正史」の名はダテではない。すべてが解明されると、いろんな出来事がきっちりピースの一つとしてハマってしまう。
序盤を読み返してみると、かなり重要な情報がけっこう早い時期に開示されていることが分かる。表面的な猟奇性と怪奇性に目を奪われがちだが、その裏側にはミステリとしての "計算" がしっかり隠れている。
それでもラストシーンには呆れかえるやら苦笑させられるやら。本格ミステリの構造の上に猟奇とエログロを配した物語のエンディングにこんな場面を持ってくるなんて、作品のトーンは最後までブレないんですねぇ。
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