評価:★★★★
篤志家・安堂朱海の弔問に訪れた南美希風。しかし葬儀を前にして謎の脅迫状が出現し、遺書の偽造が判明するなど朱海の死に他殺の疑いが持ち上がる。
そして朱海の孫娘・夏摘は四年前に失踪し、一年前に刺殺死体となって発見されていた・・・
柄刀一版『国名シリーズ』第二弾。今回は長編だ。
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主人公兼探偵役の南美希風(みなみ・みきかぜ)は、かつて心臓移植手術を受けていた。そのときに尽力してくれた恩人の篤志家・安堂朱海(あんどう・あけみ)が死去したとの報を受け、法医学者エリザベス・キッドリッジとともに、愛知県にある安藤家にやってくる。
享年83。自然死かと思われた朱海だったが、殺害をほのめかす脅迫状のような謎の文書がみつかり、さらに残された遺書に偽造の疑いが持ち上がる。
そして朱海の孫娘・夏摘(なつみ)は早くに夫を喪い、30歳だった四年前には失踪、一年前に刺殺死体となって発見されていた。
司法解剖の結果、朱海の遺体からはヒ素と鉛が見つかり、毒による他殺と判明するのだが・・・
安堂家は、戦国時代末期に漂着したギリシア人を祖とすると伝えられる。
折しも江戸幕府の鎖国政策によって帰国の道を閉ざされた一族は、難破船を解体した木材を再利用してギリシア意匠の棺を製作、死後はその棺に納めらるれることで、故郷へ魂となって "帰還" することを願ってきた。
しかし棺の数は多くなく、納められる許しを得られるのは血のつながった者のみ。だから、他家から嫁いできた者などは入れない。
企業を営む一族の間にありがちな、複雑な人間関係もあり、人知れぬ思惑や葛藤、疑念や憎悪、そして欲望が一家の間には渦巻いていた。
安堂家に産まれた朱海はギリシア棺に納められることになった。ちなみに夫の光深(みつふか)は婿養子のため、死亡しても安堂家の棺に納められることはない(血族以外には一般的な普通の棺が用意される)。
しかしギリシア棺の収納庫の床に落ちていたのは、殺害をほのめかす脅迫状のような謎の文書。誰も立ち入れなかったはずの場所に、突然出現したことになる。
四年前の夏摘の失踪の時も、一族内に犯人がいると思われたが、関係者全員にアリバイが成立していた。
そして朱海の毒殺。しかし朱海と光深は夫婦のみで食事を摂っていて、第三者が毒を盛ることは不可能だった・・・
本作は文庫で500ページ近いのだが、描かれているのは、美希風の安堂家到着から、葬儀の出棺までのおよそ二日間ほどの時間。
しかも、終盤の160ページほどは、ほぼまるまる美希風による謎解きシーン。物証が少ない上に時間の壁もある。おのずと "推測" にならざるを得ない部分も多い。
だからこそ、美希風の推理は堅実だ。推測とは云っても、そこに至るまでの論理をゆるがせにしない。他の可能性をひとつずつ排除していき、確実性を高め、堅牢な推論を積み重ねていく。
ここのところが本作の目玉だ。五里霧中だった安堂家を巡る不可能な謎の数々が、綺麗にひもとかれていく。そしてそこに浮かび上がるのは、一族のくびきに囚われた者たちの哀しい運命だ。
本家であるクイーンに負けじと、論理を前面に出した作品。派手さはないが、”ミステリを読む喜び” が味わえる作品だと思う。
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