漣の王国



漣の王国 (創元推理文庫)

漣の王国 (創元推理文庫)



  • 作者: 岩下 悠子

  • 出版社/メーカー: 東京創元社

  • 発売日: 2024/01/19









評価:★★★★





 綾部蓮。美貌と才能に恵まれ、周囲の人々を魅了する。そんな、あたかも異国の王様のような輝きを持った青年が、命を落とした。

 彼と共に学生時代を過ごした者たちを描く四つの物語を通じ、綾部の死の真相が浮かび上がる、連作ミステリ短編集。



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 綾部蓮(あやべ・れん)という青年が自殺とみられる遺体となって発見される。

 生前の彼は、美貌と才能に恵まれ、周囲の者は男女問わず魅了されてしまう、あたかも異国の王族のような青年だった。



 しかし生活は享楽的だった。つき合う女性は頻繁に入れ替わる(というか、彼の後ろにはつき合いたいと願っている女性が列をつくって待っている状態)し、大学時代に所属していた水泳部の練習も、およそ熱心とは言い難い(それでも大会ではしっかり上位に入ってしまう)。



 その綾部が、自殺と思われる遺体となって発見された。

 何が彼を死に追いやったのか?

 彼と直接/間接に関わった者たちによる四つの物語を通じ、彼の死の謎に迫っていく。





「スラマナの千の蓮」



 綾部と同じ大学に通う遠山瑛子(とおやま・えいこ)。彼女もまた綾部に憧れを抱いて水泳に取り組んでいた。練習はひたむきで、作中の表現でも "修行僧のよう" と形容されている。しかしそれが結果に結びつかない状態に忸怩たる思いを抱いている。



 そんなとき、彼女の前に医学部生の猫堂(ねこどう)が現れる。彼は北原舞(きたはら・まい)という学生が妊娠していると告げ、その父親を調べてくれたら、瑛子のタイム向上に協力するという。

 北原はプールサイドによく現れて、水泳部の練習を見ている女子学生だった。

 彼女の相手は綾部ではないかと考えた瑛子だったが・・・



 物語の中心にいるのは綾部なのだが、本作では猫堂というキャラがとにかく強烈。胡散臭くて変態的でやたら馴れ馴れしい。いったいこいつは何なんだ・・・とも思うが、ストーリーが進むにつれてその印象が変化していくのが面白い。



 ヒロインとなる瑛子さんはとにかくストイック。綾部への憧れを抱きつつも、生活の全てを水泳に賭けている。しかし記録が伸びないなど悩みは尽きない。

 こういうキャラは嫌いじゃない。おそらく多くの読者も彼女に好感を抱くのではないか。



 北原の妊娠騒ぎは、かなり意外な顛末を辿って幕となる。





「ヴェロニカの千の峰」



 「スラマナ-」の十数年後が舞台。



 京都の修道院で修行中の若い女性・森江絹子(もりえ・きぬこ)が失踪する。

 彼女の指導をしていた先輩シスターは、絹子が持っていた "あるもの" を手がかりに、彼女の過去に失踪の理由を求めていく。



 やがて、絹子が幼い頃にスイミングクラブに所属していて、そこで "シンちゃん" なる少年と出会っていたことを知る。絹子が "シンちゃん" に対して抱いていた感情が失踪に関係するとみた先輩シスターは、"シンちゃん" の行方を追う。



 そしてその過程で、"シンちゃん" が綾部蓮という青年と関わりがあったことを知るが、既に綾部はこの世を去っていた・・・



 綾部は本作では間接的にしかストーリーには関わってこないのだが、それでも、ここで描かれるのは彼に出会ったことで運命が変わっていってしまった者たちの人生だ。





「ジブリルの千の夏」



 東京で暮らす専業主婦・朝子(あさこ)のもとへ、一人の青年が現れる。

 彼は朝子が大学時代に留学生として知りあい、今は故郷の国で暮らしている女性・ライラから、”贈り物” を言付かってきたのだ。

 それをきっかけに朝子は十数年前の学生時代を回想する。



 大学生の一時期、綾部蓮と交際していた朝子だったが、半年後には綾部は別の女性に ”乗り換え” てしまっていた。

 傷心の朝子は、医学部で学んでいた留学生ライラと知りあう。ちなみに、作中の描写からライラはイスラム圏の出身のようだ。



 ライラを通じて医学部生の猫堂、彼の指導教授である狐塚(きつねづか)と知りあっていく朝子。彼らの中で勉学に励んでいたライラだったが、故郷の国で従兄弟との結婚が決まったことで、帰国が早まることになった。



 残り少なくなった期間を、ライラは猛然と勉学に励みだす。それも、まるで自分の命を削るかのように。そんな中、ライラは "ある騒ぎ" を起こした。朝子が受け取った贈り物は、それに関係するものだった・・・



 望まぬ結婚のために帰国していったライラ。しかし今の朝子もまた、心の通わぬ夫と暮らしている。異国で暮らしている友を思い、自分の生活に葛藤する朝子の姿が描かれていく。





「きみは億兆の泡沫(うたかた)」



 綾部が亡くなって三回忌を迎える頃。医学部を卒業して研修医となっていた猫堂は狐塚教授のもとを訪れ、意外なことを告げる。



 そこから時間軸は猫堂の大学生時代へと戻る。

 猫堂と綾部は、狐塚教授から "あること" を依頼されていたのだが・・・



 時系列的には「スラマナ-」の後日談だが、「ヴェロニカ-」「ジブリル-」で活躍したキャラたちも再登場し、綾部・瑛子・猫堂の関係が改めて描かれていく。そして綾部が死に至る事情も。



 ミステリとしてみるなら、探偵役は猫堂になるだろう。「きみは-」での活躍ぶりを見ていると、初登場時の曲者ぶりが嘘のようだ(一筋縄でいかないあたりは変わらないが)。

 瑛子とのやりとりまで微笑ましく感じられるなど、猫堂くんの ”化け” ぶりはスゴい。





 作者は本業は脚本家のようだ。『相棒』『科捜研の女』などのミステリ・ドラマの脚本を多く手掛けているとのこと。ならば、本書のストーリー展開やキャラ描写が手慣れた感じなのも頷ける。





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