八本目の槍



八本目の槍(新潮文庫)

八本目の槍(新潮文庫)



  • 作者: 今村翔吾

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 2022/04/26









評価:★★★★





 「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた男たち。羽柴(豊臣)秀吉に見いだされ、本能寺の変から大阪の陣までを駆け抜けた7人の武将それぞれを主役にして彼らの人生を描く連作短編集。

 そしてそこから浮がび上がってくるのは "八人目の槍"・石田三成。豊臣家への忠誠を胸に、友を信じ未来を見つめ、徳川という巨大な敵に抗い続けた男の姿。

 かつてない "石田三成像" を提示する、第41回(令和2年)吉川英治文学新人書受賞作。



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 織田信長が本能寺の変で倒れた翌年の天正11年(1583年)、信長の遺臣同士である羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が激突した賤ヶ岳の戦い。ここで名を挙げた7人の武将はやがて「七本槍」と呼ばれるようになった。歴史小説や大河ドラマ等でもよく出てくる加藤清正、片桐且元、福島正則もこの中にいる。

 本書は7人それぞれを主役にして彼らの人生を綴る連作短編集。一編あたり文庫で約70ページほどである。括弧内はその武将名だ。

 だが、真の主役は彼らではない。「七本槍たち」の人生を通して、石田三成という男の "真の姿" が描かれていくのだ。



「一本槍 虎之助は何を見る」(加藤清正)

「二本槍 腰抜け助右衛門」(糟屋武則)

「三本槍 惚れてこそ甚内」(脇坂安治)

「四本槍 助作は夢を見ぬ」(片桐且元)

「五本槍 蟻の中の孫六」(加藤嘉明)

「六本槍 権平は笑っているか」(平野長泰)

「七本槍 槍を探す市松」(福島正則)



 ちなみにタイトルにある名は、それぞれの武将の幼名である。そして三成の幼名は佐吉。本作では、七本槍に三成を加えた8人は、生涯にわたってお互いを幼名で呼び合うことになる。





 「七本槍」は皆、振り出しは秀吉の小姓。そこから武将として世に出て行った。そこには石田三成もいた。いわば七人の "同期" 的存在。まさに「同じ釜の飯を食った」仲で、彼らの間に結ばれた絆は、途中で袂を分かっても、終生途切れることはなかった。



 そんな7人からみた佐吉(石田三成)とはどんな男だったのか。一般的なイメージは、朝鮮出兵終了後に、現地で実際に戦った武断派の武将たちから、兵站を司っていた文治派の三成が総スカンを食らって・・・という図式が思い浮かぶが、本書はそんな上っ面な解釈は採らない。そしてそれは三成だけではなく、七本槍の各武将についても同様だ。



 例えば「一本槍 虎之助は何を見る」での加藤清正は、猛将というイメージからはほど遠い、豊臣家の財務を担当する官僚として登場する。実は清正はデスクワークの達人だったらしい(このあたりは最近の歴史研究で確認されたことらしい)のだが、私は素直に驚いてしまった。



 ところが秀吉の九州平定後、肥後19万石の大名に封じられた。それを秀吉に進言したのは三成だと聞いて、官僚としての出世の邪魔だと思われて追い払われたのではないかと清正は怒る。

 さらに、朝鮮出兵では22000人の軍勢の指揮を任される。しかし清正はそれまでせいぜい5000人の兵しか扱ったことがない。任が重いと悩む清正。しかしそこにも三成の差配があった。



 もちろん物語が進むにつれ、三成の真意が明らかになっていくのだが、このあたりは出来の良いミステリのようで、読んでいて「そうだったのか!」と膝を打つ展開が待っている。そして終わってみれば、一般的なイメージ通りの加藤清正がちゃんと "できあがって" いる。



 これは「二本槍」以降でも同様で、各話で登場する三成の不可解な言動の裏に、じつは途方もない深謀遠慮が潜んでいたことが判明していき、読者は驚きを味わい続けることになる。

 そして彼ら8人以外の登場人物(例えば大蔵卿局など)も、作者によって新しい息吹を吹き込まれ、生き生きと歴史の舞台の上で活躍していく。



 本書で描かれる三成は、鋭い洞察力で来るべき徳川との対決を予期し、それに向けて様々な布石を打っていくなど、卓越した戦略眼を持っている。

 関ヶ原の戦いも作者は新たな解釈で、家康に充分拮抗できる方策を三成は見いだしていたことを示していく。さらには戦のなくなった泰平の世は、武士が不要になる社会だと見抜くなど、その目は遙か未来をも見据えている。

 このように従来の三成像とは一線を画すものになっている。



 そして関ヶ原の戦いの後、家康は征夷大将軍になる(1603年)のだが、大坂の陣(1614年)を起こして豊臣家を滅亡させるまで11年の間がある。何が家康をそこまで待たせたのか。これが本書の終盤の謎なのだが、そこにも三成の存在がある。

 関ヶ原の戦い(1600年)で既に死んでいる彼が、如何にして家康を止め得たのか。そのあたりは読んでいただくのがいいだろう。





 「七本槍」と呼ばれた7人は「秀吉の小姓」というスタートラインは同じでもゴールはそれぞれ様々だ。一国一城の主になった者もいれば、その何十分の一しかない扶持に終わる者もいた。しかし彼らを見つめる作者の目は、みな等しく温かい。

 7人(+三成)それぞれの人生の哀歓を豊かに、しかも少なくない驚きを伴いながら描き出す七編の連作短編は、どれもみな読み応えに溢れている。



 この作者の本を読むのはこれが始めてなのだけど、想像以上に面白かった。もう少し読んでみようかと思っている。





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