評価:★★★★
罹患すると脳に障害を負い、記憶と人格を喪失してしまう難病「オスロ昏睡病」。その治療法を確立した医師をはじめ、元患者たちが次々に殺されるという事件が起こる。
自身も元患者であった京都府警の刑事・八嶋が捜査を続ける中、次第に「オスロ昏睡病」にまつわる "秘密" が明らかになっていく・・・
本書も、いわゆる「特殊設定ミステリー」に分類される一冊だ。
* * * * * * * * * *
「オスロ昏睡病」は、0~5歳の乳幼児に限って発症し、記憶障害を引き起こす難病だ。患者は完全な昏睡状態に陥り、それは数週間から数ヶ月続く。そして目覚めた時には、昏睡前の記憶を完全に喪っている。そして赤児同然の精神状態のまま、一生を過ごすことになる。
第二次大戦前から確認されていた疾病であったが、患者数が少なく(全世界で5000人、日本でも100人ほど)、治療法の研究は進まなかった。
しかし35年前、医学博士・開本周大(かいもと・しゅうだい)が治療法を確立した。それは、彼の考案した "特効薬" を皮膚の上から塗布する、というもの。これにより、患者は記憶障害を伴わずに昏睡から目覚めることができるようになった。
しかしそれには "後遺症" があった。回復した患者の皮膚に腫瘍が発生するのだ。大きさは1~10cmほど。赤い花びらを思わせるその形から "薔薇" を連想させる。
腫瘍そのものは良性で健康に害はなく、痛覚もないので、ほとんどの元患者は "薔薇" をつけたまま日常生活を送っている。彼らは "薔薇持ち" と呼ばれるようになっていった。
しかし、「オスロ昏睡病」治療の権威となった開本博士、そして元患者であった高校生・兵藤水奈(ひょうどう・みな)が立て続けに殺害されるという事件が起こる。
彼女は元患者とその家族の交流を図る団体「はなの会」に所属していたが、そのメンバーたちの間に不審な行動が目立ち始めていた。そして犯人の魔手はメンバーたちにも迫っていく。
主人公・八嶋要(やしま・かなめ)は28歳。京都府警の刑事(警部補)である。彼自身もまた "薔薇持ち"(元患者)で、12年前にやはり "薔薇持ち" だった恋人・設楽涼火(したら・りょうか)を喪っていた。そんな心の傷を抱えつつ、事件の捜査にあたっていく・・・
八嶋の捜査の過程で、"薔薇" に秘められていた意外な事実、開本博士の開発した "特効薬" の正体、さらには「オスロ昏睡病」が "治癒" するメカニズムと、いずれも予想の斜め上を行く真実が白日の下にさらされていく。
このあたりはいささかSFチックなのだが、それだからこその "特殊設定" だ。「はなの会」メンバーの不審な行動の意味も、12年前に涼火が命を落としたことも、そして今回の殺人事件の犯人の動機にも、これが深く根ざしている。
もちろん "特殊設定" の内容は読者にきちんと開示されており、ミステリとしてはフェアになるように書かれている。
そしてこの設定は、本書の物語が終わった後も、さらに新たな物語を紡いでいく可能性を示している。ネタバレになるのであまり詳しく書けないので、そのあたりは読んでいただくしかないのだが。
テーマが難病であり、その "後遺症" を持つ者たちの物語なので、どうしても雰囲気が暗くなりがちなのだが、それを救っているのが八嶋の相棒になる阿城(あじろ)はずみ巡査部長だ。
八嶋の後輩なのだが、「遠慮」という言葉を知らないみたいで、ズバズバものを云う。とは云っても悪意があるわけではない。基本的には素直なのだろうが、とぼけた言動も多く、しばしば八嶋を脱力させる(笑)。
それが地なのか演技なのか(だったらスゴいが)、本書に於いて彼女の存在は極めて貴重なコメディリリーフとなっている。
本書の終わり方を見る限り、続編はなさそうなんだけど、彼女にはまたどこかで逢いたいなあ。そう思わせるくらい魅力的なキャラだと思う。
この記事へのコメント