三体



三体 (ハヤカワ文庫SF)

三体 (ハヤカワ文庫SF)



  • 出版社/メーカー: 早川書房

  • 発売日: 2024/02/21









 1967年。人類に絶望した一人の物理学者によって、あるメッセージが宇宙に向けて放たれた。

 そして数十年後、科学者の謎の連続自殺事件が起こる。それを追うことになった研究者は、〈ゴースト・カウントダウン〉という不可思議な現象に見舞われる。

 一方、ネットVRゲーム『三体(さんたい)』の中では、複数の太陽が存在する世界での長大な歴史が展開していた。

 そしてこれら一連の事態の裏には、外宇宙からの "陰謀" が潜んでいた・・・



 世界的ベストセラーとなり、Netflixでも長編ドラマになるなど、話題のSF超大作『三体』三部作。本書はその第一部。



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 時に1967年。中国は文化大革命(中国共産党によって引き起こされた、全国規模の政治権力闘争)で揺れていた。



 暴動の嵐が吹き荒れる中、若き天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジュ)は大学教授の父を殺され、彼女もまた大学から追放されることになる。その過程で、葉文潔は「人類」という存在そのものに絶望感を抱いてしまう。



 山奥にあって、巨大なパラボラアンテナを有する施設「紅岸基地」に軟禁され、半強制的に働かされることになった彼女は、”人類文明を立て直す” ために基地のアンテナを使って、あるメッセージを宇宙に向けて放つ。



 そして60年後。第一線の物理学者が相次いで自殺をするという事件が起こる。ナノテクノロジー研究者の汪淼(ワン・ミャオ)は "作戦司令センター" と呼ばれる組織から依頼を受けて調査を始めるが、自分の視界に数字が現れる〈ゴースト・カウントダウン〉など、不可解な現象が起こり始める。



 調査の過程で、汪淼は『三体』というネットVR(仮想現実)ゲームの存在を知る。そのゲームの中では、複数の太陽が存在する世界に興った「三体文明」の長大な歴史が展開されていた。

 そして「三体文明」を崇拝する秘密組織「地球三体協会」(ETO)の存在も明らかになる。彼らの目的は、異星人を地球へ呼び込むことだった・・・





 タイトルの「三体」とは、物理の「三体問題」に由来する。

 宇宙空間に二つの天体がある場合、お互いの重力によってそれぞれがどんな軌道をとるかは、理論的に完全に計算で求めることができる。

 しかしこれが三つになると、特殊な場合を除き、これを完全に解く方法は存在しないことが知られている(コンピュータを使って近似解を求めることは可能だが)。これが「三体問題」だ。



 特殊な場合とは、たとえば三つの天体が正三角形の頂点位置に存在する場合は、安定な軌道をとることが知られている(『機動戦士ガンダム』で有名になったラグランジェ・ポイントや、太陽・木星・トロヤ群小惑星などがその例)。



 本作に登場する「三体文明」は、複数の恒星の周囲を巡る惑星上にある。複数の重力源によって軌道が安定しないため、数十年~数百年間隔で滅亡寸前に陥るほどの天変地異(極端な高温/低温・惑星規模の自然災害など)に見舞われるという難儀な世界(笑)だ。



 この文明が、地球から発せられた葉文潔のメッセージを受信したことからすべてが始まる。"安定した世界" を求める "三体人" たちは、地球への移住を目指すことになるのだ。

 つまり本作は、"ファースト・コンタクト" と "侵略" をテーマとした超大作SF、ということになる。



 さて、以下の文章は本書の後半部の展開(ネタバレを含む)に触れるので、これから本書を読もうという人はここで止めて、本屋さんへ直行しましょう。







 それでは続けます。





 いままで作者の短編集を読んでも感じたことだが、メインのアイデアとなるものはシンプルで、60~70年代のSFの雰囲気を感じる。

 この作者の非凡なところは、それを徹底的に発展させることだ。スケールはより壮大に、細部はより緻密に、キャラクターはより魅力的に。本作でもそれは充分に、というより最も強力に発揮されていると言えるだろう。



 そして、科学的描写も現代にふさわしくアップデートされている。その最たるものが、終盤になって登場する "智子"(ソフォン)なるもの。これが実にトンデモナイものなのだ。



 三体文明が産み出した "究極兵器" の一種で、その実態は「陽子1個の内部空間を11次元に拡張展開し、その中にスーパーコンピュータの機能を詰め込んだ」という代物。

 このあたりの説明は、どこまでが現代物理学に沿っていて、どこからが作者のホラなのか、その境目が私には分からないんだよねぇ(笑)。

 分かるのは「機能や構造はよく分からんが、とにかくスゴい兵器だ!」(by ゆでたまご) ということだけ(おいおい)。



 なにせ陽子1個だから準光速で移動できる。三体文明は侵略の先兵としてまずこれを地球に送り込んできたのだ。そして "智子" は(たぶん地球の物理法則に介入して)科学実験の結果を自在に操作してしまう(なにせ11次元の産物だから?)。これによって地球の科学技術発展が妨害されてしまうのだ。

 〈ゴースト・カウントダウン〉などの一連の不可解な現象も、この "智子" が引き起こしたもの(なにせ11次元の産物だから?)。



 さらに高次元の通信機能を有していて、光速の壁を越えたリアルタイム通信(なにせ11次元以下略)で三体文明は地球の情報を入手できるとあっては、もうお手上げである。





 もっとも、こんな途轍もない科学技術レベルを持ってるのなら、『妖星ゴラス』(あるいは作者の短編『流浪地球』)みたいに、自分たちの惑星を移動させて、安定な軌道に載せることだってできてしまいそうな気がするんだが、「それは言わない約束」なのでしょう(笑)





 三体世界を発進した1000隻もの侵略艦隊の地球到達は400年後。しかし科学技術の発展を止められた地球人に、それを迎え撃つすべはない。さあ、どうする・・・というところで「つづく」となる。

 早く続編が読みたくなるハラハラ展開で、第一部での "ツカミはバッチリ" といえるだろう。





 以下は蛇足。



 人類(地球人)に絶望した人物が、異星人を呼びこむ・・・この『三体』のベースとなるアイデアに既視感を覚えたのだけど、記憶の底を探ったら見つけたよ。

 『ウルトラセブン』(1967~68)の第29話「ひとりぼっちの地球人」だ。

 ただ、ストーリーはほとんど別物だ。「ひとり-」のほうは、研究成果を認めてもらえなかった若い研究者が、異星人(プロテ星人)の陰謀に乗せられてしまう話で、若者は地球人を嫌っていたわけではない(むしろ物語の終盤では身を挺して守ろうとさえする)。

 ちなみに脚本は市川森一。Wikipedia を見ると『セブン』以外にも『怪獣ブースカ』『シルバー仮面』『ウルトラマンA』とかも担当しているのだけど、特撮ものだけでなく、大河ドラマ(1978年の『黄金の日日』)や人気TVドラマも多数書いてた。実はビッグな脚本家だったんだね。



 同じアイデアから出発していても、それが悪いわけでは全くない。実際のところ、現代に至っては物語のアイデアやストーリーのパターンなんてほぼ出尽くしているだろう。そこを組み合わせやアレンジや切り口で新味を出していくのが作家さんの腕なのだとも思う。

 そういう意味でも、究極的な発展のさせ方で、こんな途方もないスケールに仕上げてしまうあたり、やはり劉慈欣という作家さんは只者ではないのだろう。





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