評価:★★★★
〈久遠(くおん)の島〉は、世界中の書物を見ることができる場所。本を愛する者のみが入ることを許される。しかしある日、強欲で身勝手な男が入り込み、島の "要" を盗んでしまい、それによって島は崩壊し、海に没してしまう。
島を守る氏族の生き残りとなった3人の子どもたちの辿る冒険と成長、そして因果応報を描く。
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連合王国フォトの西の沖合に浮かぶ〈久遠の島〉は、1000年前に400人の魔道師が力を結集して作り出した島。本を愛する者のみが入ることを許され、その中心にある〈書物の森〉では、世界中に存在するあらゆる書物の複製が生まれ、誰でも閲覧することができる。島を守るジャファル氏族の管理の下、長い年月を経てきた。
主役となるのは、ジャファル氏族の少年ヴィニダルとその兄・ネイダル。そして二人の幼馴染みの少女・シトルフィ。15歳となったネイダルが、連合王国のひとつである大フォト国で宮廷書記の仕事に就くべく、島を出ていくところから物語は始まる。
その日、島にやってきたサージ国(これも連合王国のひとつ)の王子・セパターは野望を秘めていた。稀覯本の蒐集に熱中していた彼は、ヴィニダルを騙して〈書物の森〉に入り込み、ジャファル氏族に伝わる『誓いの書』を持ち出してしまったのだ。
しかしそれは島の "要" となるものだった。『誓いの書』を失った島は魔法の力を失い、崩壊して海に沈んでしまう。2000人のジャファル氏族を道連れにして。島の住民で生き残ったのはシトルフィとヴィニダルだけだった。
小舟に乗って対岸の港町に漂着したシトルフィは、既に島を出ていたネイダルに会うため、大フォト国を目指す。しかしその背後にはセパター王子の追っ手が迫る。
ヴィニダルは南方の国・マードラの漁師に救われ、一度は奴隷のように人身売買される身に落ちながらも、やがて王宮の神官に仕える魔道師の弟子となる。
物語の前半は、この3人の苦難と成長の物語になる。
伝統的な徒弟制度のもとで厳しい書記修行を続けるネイダル、機転を利かせて追跡をかわしながら旅を続けるシトルフィの逃避行。
島を破滅に導くきっかけを作ってしまったヴィニダルは自責の念に囚われながらも、一方では自分の中に眠っていた魔道師の資質に目覚めていく。
派手なシーンはないのだが、魔法の存在する世界での人々の生活がリアルさを感じられる描写で綴られていくので、冗長さや中だるみ感は全く感じない。それどころか主人公たちの運命が気になって、どんどんページをめくってしまう。
シトルフィが旅の途中で出会う "水の魔道師" オルゴストラなど、ユニークなサブキャラも多く登場して物語を盛り上げていく。
文庫で500ページ近い大部ゆえ、読みどころは多い。
3人の成長譚以外のエピソードも豊かだ。〈久遠の島〉崩壊の責任を追及しようとする動きに対して、フォト連合王国の盟主グァージ王を後ろ盾にして対抗しようとするセパター王子の思惑なども、十分な尺を使って描かれていく。
ネタバレになるのであまり書けないが、物語の後半は写本師の都パドゥキアが舞台になる。作者のデビュー作『夜の写本師』は、この遙か後の時代の物語だが、その源流となるエピソードが語られていく。
そして迎える終盤。物語開始から数年を経て、大人へと成長した3人によって〈久遠の島〉崩壊事件の決着がつけられる。ストーリーは大団円を迎え、読者は大満足して本を閉じられるだろう。
巻末にはボーナストラックとして『テズーとヨーファン』という掌編が収められている。時系列としては物語の開始前、魔法に守られていた頃の島のエピソードが語られる。
作者の後書きによると、執筆の理由は「(物語の冒頭で)島をあっという間に沈めてしまって、もったいないなと思ったから」とのことだ(笑)。
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