評価:★★★★
「鵼」(ぬえ)とは、頭が猿、むくろ(胴体)は狸、尾は蛇、手足は虎の姿をした妖怪で、鵺(ぬえ:トラツグミ)に似た声で鳴くという。
「百鬼夜行」シリーズ、17年ぶりの書き下ろし長編。昭和29年の日光を舞台に、五つの物語が錯綜する。古書肆(こしょし:古本屋)である中禅寺秋彦(ちゅうぜんじ・あきひこ)は、戦前~戦後にかけての巨大な陰謀を明らかにしていく。
本書は五つのストーリーラインが並行して語られる。それぞれのパートには、タイトルの妖怪に倣ってか「蛇」「虎」「貍(狸)」「猨(猿)」「鵺」という章題がついていて、最後に解決編である「鵼」という章が置かれている。
「蛇」
小劇団の座付き作家・久住加壽夫(くずみ・かずお)は、新作執筆のために日光のホテルに逗留している。
ある日、周囲を散歩しているときに小説家・関口巽(せきぐち・たつみ)と知り合う。久住は関口に「ホテルの従業員の娘が『人を殺した』と云っている」と打ち明けるのだが・・・
「虎」
御厨富美(みくりや・ふみ)は、寒川薬局で働いている。しかし主人の寒川秀巳(さむかわ・ひでみ)が失踪してしまう。恋人でもあった寒川の捜索を依頼するために、富美は薔薇十字探偵社を訪ねてきた。
寒川の父親は植物学者で20年前に事故死していたが、彼は父の死亡時の状況についてずっと調べていた。富美が云うには寒川は日光へ向かったらしい。
依頼を受けた探偵助手の益田は、富美と共に日光へ向かう・・・
「貍」
刑事・木場修太郎(きば・しゅうたろう)は、先輩刑事・長門の退官祝いの席で奇妙な話を聞く。
20年前の昭和9年、東京の芝公園で3人の遺体が発見された。到着した警察によって遺体は運び出されたが、それきり遺体は行方知れずになってしまう。
捜査員と偽って外部の者が入り込んでいたようだが、真相は藪の中。気になった木場は独自に調べ始めるのだが・・・
「猨」
中禅寺秋彦は日光東照宮にいた。新たに発見された長持の中に古文書と経典が見つかり、調査担当の築山公宣(つきやま・こうせん)から助っ人を頼まれて、研究者の仁礼将雄(にれ・まさお)とともにやってきたのだ。
仁礼は、宿泊していた民宿の親父から、昭和12年頃に "光る猿" が現れた、という話を聞くが・・・
「鵺」
大学で病理学を研究する緑川佳乃は、大叔父が亡くなったとの知らせを受けて日光にやってきた。
大叔父は20年前まで理化学研究所に勤めていて、それを辞めてから日光の山奥にある診療所にこもって診療を続けていたらしい。
しかし診療所に残されたカルテは異様に少ない。大叔父の生活に不審なものを覚える佳乃だったが・・・
五つのストーリーラインはみな20年前の ”昭和9年” に向かって収束していき、最終章「鵼」で一つになる。これらはいわば「鵼」という山を登る五本の登山道みたいなもので、登っている途中では自分がどこにいるのかも分からない。途中で見える景色も、他の登山道から見たら異なる形に見えることもある。そして頂上に至って初めて、自分たちが登っていた山の形が分かる。そういう風にできている話だ。
17年ぶりの新作だが、レギュラーメンバーたちは健在。関口は相変わらずボーッとしているし(笑)、木場は強面で、中禅寺は古文書に夢中で、榎木津は事態を引っかき回すだけ(おいおい)。
ああ、「百鬼夜行」の世界に帰ってきたなぁ、って思える(笑)。
それにしても、作者は関口や益田など、ちょっとトボけて抜けてるキャラを描くのが抜群にうまい。もっと云うと榎木津みたいなハチャメチャなキャラを書かせたら独壇場だね。彼が登場するシーンは多くないのだけど、一言しゃべるたびにもう爆笑してしまう。人がいる場所では読まないほうがいい(笑)。
作者の本は「レンガ」とか「枕」とか云われているくらい厚い。本書も830ページくらいある。並の小説3~4冊くらいの分量だろう。何でこんなに厚いのか、ちょっと考えてみたんだけど、一つのシーンが長いんだね。
例えば、御厨富美が薔薇十字探偵社にやってきて、益田に寒川の調査を依頼するシーン。登場人物はこの二人だけ、場所は事務所。ここで34ページも使う。新書で上下二段組だから、文庫に換算したら50ページ近いんじゃないかな。短編小説ひとつ分くらいある。でも冗長とか退屈とか感じさせないで面白く読ませるんだよねぇ。これはやっぱりたいしたものだ。
"京極節" というか、みんなこの語り口が好きなのだろう。
17年も新刊が出なかったのには、いろいろ理由があったみたいだけど、本書の中核にある "ネタ" も原因のひとつかな。これがために、出版(執筆)する時期を延期せざるを得なかったのだろう、ってのは理解できる。
ぜひ次作は、あんまり待たされずに読みたいものだ。
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