評価:★★★☆
AI(人工知能)、遺伝子改良、VR(仮想現実)など、日進月歩の科学技術。それらが広く実用化された近未来を舞台に描かれるSFミステリの連作集。
「言の葉(コトノハ)の子ら」
語学留学の一環として保育園で働いているエレナは、子どもたちから大人気。そんな中、年長クラスにいる福嗣(ふくし)くんは行動に粗暴さが目立っていた。
ある日保育士の一人が、福嗣くんが "お絵かきボード" に『ふくくんはなおとさんがきらい』と書いているところを目撃する。園にいる男性保育士の尚登(なおと)を嫌っているのだろうか?
エレナは、ある推測を立てて福嗣くんの母親と話をすることに・・・
「存在しないゼロ」
刑事の高杉は、妻子と友に知人の田尻が営むペンションにやってきた。高杉はそこで、かつて自分が経験した事件について語り出す。
限界集落に引っ越してきた一家3人(夫婦+娘)が、一ヶ月の間豪雪に閉じ込められてしまう。救出されたとき、夫は死亡していた。遺体は右腕を失い、死因は失血死だったが、血痕が少ないことなど不審な点が多々あった。妻は事故死を主張したが警察は殺人の疑いを強めていく。しかし夫の遺書が発見される。
いちばんの謎は、妻と娘は夫の遺体の一部を ”食べて” いたらしいこと。だが家の中には大量の食料が残されていたのだ・・・
「もう一度、君と」
AI開発者の "私" は、ひと仕事終えて現在休職中。妻と共に "全身没入型VR(仮想現実)体験装置" でVRソフトを楽しむ日々を送っている。しかしある日、妻が失踪してしまう。
妻と一緒に観て(”体験” して)いたのは『雪下飴乞幽霊(ゆきのしたあめごいゆうれい)』。鑑賞型VRソフトの人気シリーズ『鎌倉怪談』シリーズの一編だった。
"私" は、このVRソフトの内容に妻が失踪した原因があるのではないかと疑うのだが・・・
「目に見えない愛情」
主人公の敏郎は、盲目の娘・今日子と二人暮らし。技術の進歩によって、"バイオニック・アイ"(人工網膜)の実用化が近づいているらしいが、手術を受けるには数千万円の資金が必要だった。
しかし、アメリカの医療ベンチャーが日本での臨床データをとるための被験者を募集しており、手術料も割安なことを知る。
敏郎は伝手を辿り、今日子を被験者にしてもらうことができた。資金も親類から調達できたのだが・・・
ここまでの4作に共通しているのは「SF」であり「ミステリ」であるということ。
それぞれの作品には2つの "オチ" がある。たとえばある作品は、まずミステリとしての解明があり、それに驚かされる。しかしそのあとに今度はSFとしてのラストが続き、作品全体の様相が一変してしまう。つまり ”驚き” が二度あるわけだ。
4作全部がこういう構成というわけではないが、二つの要素によって、驚きが倍加する仕組みになっていることに変わりはない。
「ベーシックインカムの祈り」
主人公の "私" は女性作家。AIや遺伝子操作、VRなど未来技術を扱った短編を書いている(つまりここまでの4作を書いたのは "私" だという設定だ)。
ある日、大学時代の恩師である教授が訪ねてきた。"私" が卒論の題材に選びながら、短編の題材として扱わなかったテーマ『ベーシックインカム』について、二人の間で議論が始まる。
話はそこから、大学の研究室からの現金盗難事件につながっていく。研究棟の受付、オートロックのドア、金庫の暗証番号と三重の "壁" に阻まれた不可能犯罪。しかも首尾良く盗み出せても、現金を外に持ち出すのは困難だ。
短編集の最後に配置されたこの作品は全体の締めくくりも兼ねているが、いちばんミステリ要素も大きい。
私なんぞは「SFミステリ」というと、1950年代あたりのアイザック・アシモフがまず思い浮かぶ(古すぎるか?)んだが、70年経つとずいぶん様変わりするものだね。
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